蝙蝠
明かりの向こう
暗闇の向こうに薄暗い明かりを見つけた。小さい頃から明るいところには近づくなと、母さんから教えられてきたが、気になって仕方がなかった。後ろの方でご飯ですよと呼ぶ母さんの声が聞こえてはいるのだが、明かりが気になって仕方がなかった。引き寄せられるように近づいてみると、小さな穴から光が漏れ出ていた。なんだろう。とても気になって覗いてみた。よくは分からなかったが、見た事もない風景が広がっているように感じた。ワクワクが止まらなかった。もう少し、もう少し、穴の中へ少しづつ、少しづつ進んで行った。
「あ‥‥」
落ちた。
「バサッ」
肝を冷やしたが、何だか柔らかいところに落ちたようだ。
「ギャー、チョウくんが消えちゃった。さっきまでそこにいたのに」
母さんの叫びが聞こえた。今になって、大変なことになってしまったのだと気づいた。こんなことなら、ちゃんと飛び方を練習しておくんだった。母さんが何度も教えてくれたのに、いつも上の空で少しも飛べないままだった。そうだ。あんな高いところまでどうやって帰ったらいいんだろう。
「チョウ!」
「チョウくーん!」
父さんと母さんが叫んでいる。でもこっちへは来れないようだ。そうか。穴が小さくて通れないのだ。
チョウはとにかく前へ進んだ。進むと言っても這うことしかできないのだが。一歩一歩、前へ前へ這っていった。
「げ!」
何か巨大な生き物が動いた。こっちを向いた。逃げなきゃ‥‥。ああ、しかし、簡単に回り込まれてしまう。
「ん?」
何かが前にあるらしい。良く分からないが、父さんと母さんのところに戻らなきゃ。前へ進まなきゃ。
「あれ?」
何か触った。何かの間を潜ったようだ。
「あ」
スルスルと滑り落ちた。少しだけだったが。また、落ちてしまった。なんてことだ。
「あー」
足元ごと動き出した。巨大なアイツに捕まってしまったようだ。逃げなきゃ。前へ前へ‥‥。ああ。滑って動けない。
「どすん」
しばらくして、また落ちた。さっきとは違う柔らかさだった。しかし、冷たい。寒い。
巨大なアイツは去っていった。自由の身となったようだが、父さんと母さんの声が聞こえなくなった。遠くへ連れてこられたらしい。
「帰りたい。家に帰りたい」
チョウは必死に這い続けた。とても寒かった。這い続けた‥‥。声は聞こえないけれど、きっとこっちの方へ向かえば父さんと母さんに会えると思い、そちらに進み続けた。お腹が空いた。寒い。寒い‥‥。
周りが明るくなってきた。明るいところに行ってはいけないと言われていたのに‥‥。
「あれ?僕がいる。」
草むらに倒れて動かなくなっている自分を見つけた。
物音
タ、タ、タ、タ‥‥。
雨だれ?晴れてるはずなのにどうゆう事?目が覚めた。音は続いている。暗闇の中、耳を澄ませると、どうやらテレビの方から聞こえてくる。いや、テレビ消えてるし。気になって仕方がないので、懐中電灯を探った。防災のため、寝床のそばに懐中電灯を置いていたのだが、遂に使う時がやってきたってことか。探りあてて音のする方を照らしてみると、なんと、蝙蝠だった。天井の板の隙間から落ちてきたのだろうか。翼を伸ばして、フワッと折ったように置いてあった紙の上を、一歩一歩這っている音だった。広げた翼の端から端まで3〜4cmくらいだろうか。小さな蝙蝠だった。初めて間近で見た。翼を広げた感じはよく知っているザッツ蝙蝠って感じの姿だが、その胴体はまるで人のようだった。小さい頃見た黄金バットを彷彿とさせる姿であった。と言うよりミイラに近いか。とてもやせ細った老人という表現が近いかもしれない。それにしてもこれほど人に近い姿をしている。目も鼻も口もあった。目は閉じているらしく、瞳は見えなかった。人が何かの祟りで蝙蝠にされてしまったのではないかと思ってしまうくらい人に似ていて、恐ろしく、気味が悪かった。
いや、違う違う。観察している場合ではないのだ。隣にはスヤスヤと眠っている妻がいる。このまま放置しておいたら妻が恐ろしいことに‥‥。触れてしまっただけでも感染症や寄生虫のリスクが高い。何とかこの寝室から追い出さねば。確か、鳥獣保護法とやらで、鳥獣を捕獲するには許可が必要とされていたが、夜中の寝室に入ってこられた蝙蝠を外に出すのに許可をいただく?いやいや、そんな事を言っている場合ではない。そう、蝙蝠に触らずに捕獲して外に連れ出す方法は‥‥。閃いた。手元に空のペットボトルがあるはずだ。寝てる間に喉が乾くので、ペットボトルの水を枕元に置いているが、空いたボトルを片付けずに放置してあったのだ。でかした自分。すぐさまそれの蓋をとって、蝙蝠に向けた。初めは少し避けるような仕草を見せたが、観念したのか、ただ単によく分からなかったのか、すんなりと、器用に翼を折り畳んで、ボトルに入ってきてくれた。よっしゃ!すかさず家の外に向かった。
いや待て、待て。さっきから、天井裏でバタバタ、ドン、ドンと大きな音がしていた。もしかして、親か?この蝙蝠の。だとすると天井裏に帰してあげるのが最善だが‥‥。天井裏へは押入れを通って行けることは分かっていたが、あの中の荷物をこれから全て出して、脚立を持ってきて狭い押し入れの中にいい具合に設置して‥‥まだ2時だぜ‥‥。そこまでの元気は、職場でこき使われて体を壊し、通勤もままならない57歳の自分にはなかった。すまないと思いつつも、外へ出た。毎日のようにこの庭で蝙蝠が飛ぶ姿を見ていたので、親がこの子を見つけてくれることを期待して、建物に程近い芝生の上にそっと落とした。と同時に、蝙蝠は一歩一歩這い出した。無事を願って、床についた。妻はスヤスヤと眠っていた。起こさないで済んで良かったと思った。
次の日、出勤しようと玄関を出た。
「あ」
動かなくなっている昨夜の蝙蝠を見つけた。
「ダメだったか‥‥。申し訳ない。」
取り返しのつかないことをしてしまった。親の心、分かっていたのに‥‥。
「ん?いやいや」
分かっていたのになぜ、善処しなかった?元気がないからと言い訳を心に押し付けただけだろう‥‥。
もう、後悔しないために、体力回復に努める事をまず、自分に課した。生き物を大切にしない生き方に理由を求めようとしないように。




