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事件のその後 (2)

 日本の警察にも、インターポールから捜査協力の要請があった。


 その要請を受けて、遙香にも警視庁から電話がかかってきた。あれは忘れもしない、四月一日のこと。日付が日付なので、最初はたちの悪い冗談かと思ったものだ。


 そもそもあの事件のことなんて、警察から電話を受けた頃には遙香の頭からはきれいに消えていた。だって、日本での会合から二か月以上も経過しているのだ。彼女にとっては、とっくに終わった過去の事件でしかない。電話を受けても、何の話をされているのか理解するまでに少し時間がかかったほどだ。


 遙香に呼び出しがかかったのは、日本での会合後に情報提供をしたのが彼女だったからだと思われる。ジェシーの勧めに従い、上司の了解を取った上で、警視庁のサイトから事件のあらましを情報提供しておいたのだ。


 あのときの事情聴取を思い出して、遙香は思わず遠い目になってしまう。


「思えば、あの事情聴取はひどかった」

「え、そうだった?」


 事情聴取をひどいものにした元凶が、まるで初耳みたいな顔をして聞き返してくる。これには遙香も少々イラッとして、智基に据わった目を向けた。


 事情聴取の日時を決めた後、遙香は智基に「参考人として警視庁から呼び出しを受けたよ」とメッセージを入れた。人生でもう二度とないであろう体験だから、面白い話として教えただけなのに、五分と経たずに父から電話がきた。智基が話したに違いない。


 逆のパターンなら、それまでにも何度かある。父にメッセージを入れると、なぜか智基からその件に関して電話がかかってくるのだ。でも智基に入れたメッセージの件で父から電話があったのは、これが初めてだった。恭一郎の声は、いつになく神経質そうにピリピリしていた。


『遙香、警察から呼び出しを受けたそうだな』


「うん。さっき警視庁から電話があって、日程決めたとこ」

『もう弁護士の手配はしたのか』


「してないよ。だって、ただの事情聴取だもん。弁護士なんていらないでしょ」


 恭一郎は苛立たしげに舌打ちをして、「いらないわけがないだろう」と譲らない。


『サイバー犯罪に詳しい人を手配しておくから、必ず一緒に行きなさい。いいね?』


 ただの参考人としての事情聴取なのに、絶対に弁護士なんて必要ない、と遙香は思った。弁護士だって仕事なのだから、タダで来てくれるわけがない。決して安くはない費用がかかるではないか。無駄すぎる。なのに父は一歩も引こうとしなかった。押し問答の末、父が費用を出すと言うので、渋々ながらも遙香が折れる羽目になる。


 ところが遙香の付き添いは、弁護士だけにとどまらなかった。なんと当日、智基が父から派遣されてきたのだ。


「ただの事情聴取に、家族まで一緒に来る人なんていないよ……」

「いるでしょ、ここに。普通だよ、普通」


 ぼやく遙香に対して、智基は涼しい顔だ。


 呼び出し先のビルの前で、弁護士とも合流。中に入って警察の職員に引き合わせられると、智基は当然のような顔をして「付き添いです」と言ってのけ、図々しくも弁護士とともに同席することの了解を取り付けてしまった。


 幸いなことに、通された先は割と普通の応接室だった。ドラマに出てくる取調室のような狭い個室だったなら、付き添いが二人も一緒に入室するのはとても無理だっただろう。


 とはいえ、特別広いわけでもない。どう見ても付き添いが二人もついてくる前提の部屋ではなかった。しかも、付き添いのうちひとりは長身な上に体格がよいので、物理的な圧迫感がすごい。


 事情聴取自体は、遙香が想像していたとおり、本当にただ事情を確認するだけのものだった。そもそも付き添いの同席が許されている時点で、ただの参考人としての事情聴取なのは明らかなのだ。もし容疑者として呼び出されていたなら、弁護士や家族の入室は許されなかっただろう。


 提出資料としては、日本会合でカイルが用意した証拠データ、および上司の了承を得た上で出張報告書のコピーを持参した。それを見せながら時系列にあらましを伝える。


 通信やセキュリティの用語が頻出するので、意味をわかってもらえるかだけが心配だったが、それも杞憂だった。事情聴取にあたった捜査官は、十分に技術用語にも詳しかったのだ。セキュリティに関してなら、むしろ遙香よりも詳しいほど。これなら会社の同僚に話すのと変わらない。遙香が説明で苦労することは、何ひとつなかった。


 事情聴取にかかった時間は、二時間弱。つつがなく終えて、部屋を出るときに、遙香は小声で捜査官に謝罪した。


「二人もおまけが付いて来ちゃって、すみませんでした」

「弁護士を頼んだ上に、仕事を休んで付いて来てくれたんでしょ? いいお兄さんじゃないですか」

「弟です……」


 聞き流して適当に相づちを打っておけばよかったのに、つい反射的に訂正してしまう。捜査官は「おおっと、失礼」と一瞬視線を泳がせてから、いかにもな作り笑いで「いいご家族ですね」と言い直した。何と言うかもう、いろいろな意味で居たたまれなかった。


 そんなあれやこれやを思い出せば、恨みがましい気持ちにもなろうというものだ。


「智基がお父さんに告げ口しなければ、ひとりで用事を済ませられたのに」

「何言ってんの。俺がちゃんと知らせてあげたから、あれで済んだんでしょ」


 遙香の愚痴に、なぜか智基は呆れ顔だ。しかも「知らせてあげた」などと、恩着せがましい。


「あのまま黙ってて後で知られたら、大変なことになったはずだよ」

「大変なことって何よ」

「お父さんはきっと、かんかんに怒っただろうね。んで、『大事な娘を、警察の呼び出しを受けるような仕事をさせる会社に置いておけるか』とか言い出しそうじゃん」


 思ってもみなかったことを言われ、遙香は目を見張る。頭の中で、その場面を思い浮かべてみた。すると実際にそう言って静かに激怒する父の姿が、リアルに想像できてしまった。確かに言いそうだ。すかさずそこへ、智基が畳みかける。


「遙香はそのほうがよかった?」

「よくない」

「だろ?」

「うん。知らせておいてくれて、ありがとう」


 遙香は目からうろこが落ちる思いで、礼を言った。あのときは智基に裏切られたように思ったけれども、そうではなかったと、このとき初めて気がついたのだ。裏切るどころか「CCテックで働きたい」という遙香の意思を尊重するためだった。


 ただし、智基が「どういたしまして」と言いながら含み笑いをしているのは、どうにも釈然としない。

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