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バード・オブ・フェザー (2)

 ニース会合での初日、遙香は昼休みにジェシーを捕まえて質問した。


「ジェシー、教えてください」

「どうしたの?」

「今やってる標準化って、目的は何ですか?」

「目的?」

「うん。そもそも、どういう人たちのために、どういう理由で、ネットワーク管理システムを標準化しようという話になったんですか?」

「ああ、そういうことか」


 ジェシーは遙香の知りたいことをのみ込むと、少し考えてから説明を始めた。


「ネットワーク管理システムを作ったり使ったりする人たちのために、ネットワーク管理システムとはどういうものなのか、きちんとした標準的な枠組みを理解してもらうためのものだね。そういう意味では、通信方式の規格なんかとは、ちょっと位置づけが違うかな」


 何しろ、作られる数がそう多くないシステムなので、用語もメーカーごとにバラバラだ。システムを構成する装置の名称も同様。これでは同じ種類のシステムの話をしていても、メーカーが違うと何の話だかわかりづらい。そうしたものを、わかりやすく統一して標準化したい、というのがこのワーキンググループの趣旨なのだそうだ。


 そのためには、すでに開発中であるシステムをベースにするのが簡単だ。遙香が担当している文書は、もともとはそういう理由で作られたものだった。


 ジェシーの話から判断するに、JDDの目指しているものは二点ある。ひとつは、現在開発中のシステムをITCFの勧告に準拠させること。もうひとつが、自社が主導して勧告を作成したという実績を残すこと。遙香はこの、ひとつ目の目標を勘違いしていたのだ。


(JDDの仕様を標準にすることが目標だと思っちゃってたけど、そうじゃなかったんだ)


 JDDの仕様を勧告にそのまま反映させることと、仕様が勧告に準拠していることは、似ているようでいて全然違う。ジェシーの話を聞いて、遙香はそのことに気づいた。そうとわかれば、もっとやりようがあるのではないか。


 思いついた案をジェシーに話してみれば、彼は軽く目を見張ってから「いいね」と相好を崩した。


「さっそく今日の会合の後、BoFを開こうか」

「ビーオーエフ?」

「バード・オブ・フェザーの略称だよ。聞いたことない?」


 遙香が「ありません」と首を横に振ると、ジェシーが説明した。


「有志による非公式な会議や座談会のことを、BoFと呼ぶんだ。あらかじめホストが企画していることもあるし、参加者が勝手に集まってやることもある」


 英語のことわざである「同じ羽の鳥は一緒に集まる」から来ているのだと言う。「類は友を呼ぶ」という意味だ。正式な会合とは別に、非公式に同好の士だけで集まるので、こう呼ばれるようになったらしい。


 ジェシーは「ちょっと声をかけてくるね」と遙香に手を振り、料理の皿を手にしたまま離れて行ってしまった。


 そして午後の会合が終わった後、ジェシーと遙香は会議室の片隅にBoFのための場を設けた。と言っても、単にテーブルを二つくっつけただけの簡易的なものだ。このBoFの参加者は四人。ジェシーと遙香の他に、ユングレーン社のトビアス・イェイスト、ニエミ社のジュリオ・リベラトーレが参加する。JDDの対抗案を出してきた会社の代表者たちである。そしてまた、遙香が聞き取りを苦手とする人物のツートップでもあった。


 スウェーデン人のトビアスは、しばしば単語をローマ字読みするし、イタリア人のジュリオは巻き舌がすごい上にアクセントの位置がおかしい。ニエミはフィンランドの会社なのに、なぜか会合に出席しているのはイタリア人なのだ。もっともCCテックだって、日本の会社なのにアメリカ人のジェシーが参加している。それと同じようなものなのかもしれない。


 四人がテーブルにそろうのを待って、ジェシーが切り出す。


「集まってくれて、ありがとう。今日はハルから提案があるので、聞いてもらえますか」


 トビアスとジュリオの視線が遙香に集まる中、ジェシーはにこやかに「ハル、どうぞ」とバトンを渡した。のっけから話を振られた遙香は、もう緊張で心臓がバクバクしている。でもこれは、遙香の仕事なのだ。


 彼女はゴクリとつばを飲み込み、「まだ会社の承認はとってなくて、個人的な提案ですが」と前置きしてから話し始めた。


「今、標準化の草案として三種類の案が出てますよね」


 トビアスとジュリオが同意してうなずくのを待ってから、続ける。


「三つの案の中身を比較すると、基本的に違う部分って通信方式だけなんですよ。だったら、いっそ通信方式の部分を削っちゃいませんか?」


 遙香の考えた案というのは、これだった。この標準化で目指しているのは、枠組みや用語の定義を明確にすることなのだから、通信方式を指定する必要はないのではないか。そして通信方式の部分さえ除けば、三社の案はどれも似通っていて、ひとつにまとめるのは難しくない。


 そう説明して「どうでしょうか?」と言葉を切り、トビアスとジュリオの反応をうかがう。どちらもすぐには返事をせず、ゆっくり考えている様子だ。何と答えが返ってくるだろう。遙香は不安でドキドキと胸を高鳴らせながら、固唾をのんで見守った。


 やがて彼らは、どちらからともなく顔を見合わせた。そして彼女に向き直って口を開く。


「個人的には、いいと思う」

「私も同意する。妥当な落としどころだね」


 二人の言葉がいずれも肯定的だったことに、遙香は安堵の息を吐き出した。あくまで二人の個人的な意見ではあるものの、同意が得られた。後はそれぞれの会社に方針を確認して、承認を得るだけだ。


(うちもJDDに確認とらなきゃ)


 遙香はこれで話が終わった気でいたが、トビアスとジュリオの二人にとって、これは出発点でしかなかったようだ。そのまま議論を交わし始めてしまった。


「それなら通信方式に限らず、実装に関わる部分は全部そぎ落とすべきじゃない?」

「でも、ここまで仕上げてきたJDD案を全部捨てるのも、もったいないよなあ」

「本編は枠組みの定義だけにして、『実装の手引き』として付録にしたらどうかな?」

「ああ、いいねそれ」


 通信方式の部分を削るという前提で、その他の部分をどのように改変していくべきかを論じている。この二人の間で話が盛り上がると、遙香はどっちもどっちで聞き取れず、半泣きだ。


 トビアスとジュリオの議論に、遙香はついて行くだけで精一杯。とても参加するどころではない。ときどきジェシーから要約を小声で教えてもらって、かろうじて何とか内容を理解しているにすぎない。


 チラリとジェシーを横目で見ると、面白がっているような顔で眉を上げてみせた。そして、そっと耳打ちする。


「こういう議論が大好きな人たちだから、もうこうなるととまらない」


 この後は遙香そっちのけで、一時間以上も議論が白熱した。そうしてあれよあれよと言う間に、彼女の提案に沿った修正方針が作り上げられていったのだった。

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