日本会合 (6)
昼休みは、昼食ブッフェに向かう前に、まず三階のセキュリティ監視室に集合した。「どうだった?」というカイルの質問に、ジェシーは肩をすくめて首を横に振る。
木戸も淡々と「成果なし」と報告した。遙香ももちろん成果なし。篠崎は席を離れる前にさりげなく見て回ったと言うが、やはり怪しいPCは見つからなかったそうだ。
「壁際に座ってる人なんかは、わざわざのぞき込みには行けなかったわ」
「まあ、そうだよね」
惨敗の結果にも、カイルは少しもこたえた様子がない。機嫌よさそうにスマホを取り出して、アプリを開いてみせた。
「というわけで、プランB。Wi-Fiアナライザーを使います」
「そんな確実な方法があるなら、最初から使ってくださいよ」
思わずムッとして文句を言う遙香に、カイルは苦笑いした。
「いやいや。ハルが思ってるほど確実な方法じゃないよ。無線の電波は指向性が低いからね。どの部屋にあるかくらいはわかるけど、ピンポイントで位置特定なんてできない」
「そうなんですか?」
「うん。壁みたいな障害物がなければ、電波はそうそう減衰しないものなんだ」
指向性が高いものの例としてわかりやすいのは、レーザー光線だ。レーザー光線のように、拡散することなく一点から一点に向かってまっすぐに進む波長であれば、発生源の特定はたやすい。
しかし無線の電波は、指向性に関してはちょうどそれと真逆の性質を持っている。上下左右すべての方向に均一に拡散し、障害物があってもまるで水が満ちていくように回り込む。アクセスポイントから見て陰になっている場所でも無線が使えるのは、この性質のおかげなのだ。
電波はまた、障害物がない限り距離によって減衰することもあまりない。もちろん距離に応じて減衰するものではあるのだが、それはもっと長い距離での話である。少なくとも一メートルや二メートル程度の距離では、アナライザーの測定値に変化が現れるほど減衰するようなものではない。だって障害物もないのにたかだか数メートルの距離差で電波の強弱に大きな差が出るようでは、通信装置として使い物にならないではないか。
そんなわけで無線の電波はレーザー光線と違い、発生源の正確な位置を特定するのは容易ではないのだ。
ところが障害物がない室内ではほとんど減衰しない電波も、障害物を回り込めばその都度少しずつ弱くなっていく。だから壁のような障害物で区切られたスペース、つまり部屋ごとにわけて考えるなら、電波の強弱から発生源の位置を推測可能である。そう説明されて、遙香は納得するしかなかった。
電波測定による位置特定ではどの部屋にあるかまでしか推測できないとわかっていたから、カイルは午前中、運頼みの方法に賭けることにしたのだ。ツキに恵まれれば、犯人を特定できるかもしれない。
どのみち会議の最中には、Wi-Fiアナライザーを手にして会場の中をうろつき回ることなどできやしない。そんなことをすれば見るからに不審で、確実に犯人を警戒させてしまうだろう。だから警戒されることなく犯人を捜すには、それしかやりようがなかった、というのもある。
カイルがスマホを手にしてそのまま部屋を出て行こうとするので、遙香は「あれ?」と首をかしげた。
「どうかした?」
「スマホを使うんですか? 専用のアナライザーのほうがいいんじゃないの?」
その質問を聞いてカイルは「ああ」と笑った。
「確かに精度は専用のアナライザーのほうが高いけど、電波強度を測定するだけならスマホでも十分なんだよ。今は精度より、相手に気取られないことのほうが重要だからね」
この説明に、遙香は「なるほど」と納得した。専用装置を持ってうろうろしていたら、何をしているのか見ただけでわかる。でもスマホを手にしてうろつくだけなら、電波強度の測定をしているなどと誰にも気づかれることはない。
さっそく測定しようとセキュリティ監視室から出たところで、カイルが「あ!」と声を上げて立ち止まった。
「ちくしょう、電波が消えた」
「食事で離席するから、スリープモードにしたんだろう」
ジェシーは苦笑して原因を推測しつつも、すぐさま切り替えた。
「よし。僕たちも、今のうちに食事を済ませてしまおう」
いつもであれば、昼休みの交流も仕事のうちだ。しかし今日は、とてもではないがそんな余裕はない。あわただしく昼食をとり、再び三階のセキュリティ監視室に集合した。犯人のPCが無線通信を再開するのを待ってから、ジェシーがスマホのWi-Fiアナライザーを手にして二階に下りて行く。それほど待たされることなく、戻って来た。
「ネットワーク管理のほうだね。部屋の中の位置までは、やっぱりわからなかった」
ジェシーが確認した時点で、室内にいたのは五人。いつもより少し多い。最終日なので、空き時間に報告書を作成してしまおうとする人がいるせいだ。十分に絞り込めたとは言いがたい人数である。だがカイルはめげない。
「じゃあ、プランZいくよ!」
「いきなりアルファベットが飛びましたね」
「これに失敗したら、もう後がないからね」
「大丈夫なんですか……」
「大丈夫、大丈夫。保険もかけてあるし、何とかなるなる」
篠崎と木戸、ジェシーと遙香の二手に分かれて作業することになった。まずは篠崎と木戸が、容疑者のいるほうの会議室に向かう。しばらくすると遙香のスマホに「完了」と篠崎からのメッセージが入った。
メッセージを確認して、遙香はジェシーを振り向く。
「準備できましたって」
「わかった。行こう」
ジェシーと二人で向かう先は、なんちゃって管理人室。この部屋には、スパイウェアに感染させた、おとり用のノートPCが置いてある。画面は閉じずに、開いたままだ。
ジェシーはマウスを操作して、遙香には見慣れないアプリケーションを開いた。画面いっぱいにビデオが表示される。表示されているのは、会合が開かれている会議室の実況中継だ。カメラは部屋の前方に置かれていて、参加者たちを映している。きれいに部屋全体が画面に収まっていた。
画面を見て、ジェシーは満足そうにうなずく。
「すばらしい。キャシーとニンジャはいい仕事するな」
カメラの遠隔監視用アプリをインストールしたノートPCを、篠崎と木戸が演台の上に設置したのだ。そこから映したものが、この部屋のPCに表示されている。




