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日本会合 (3)

 カイルは回収したものを手にして、管理人室の出口へ向かった。


「三階に戻って、USBメモリーの中身を確認しよう」

「どうしてここで確認しないの?」


 不思議に思った遙香が尋ねると、カイルは真顔で振り返る。


「ハル。こういうとき、汚染された可能性のあるマシンは絶対に使っちゃいけない。鉄則だよ」


 彼の気迫にたじろいだ遙香は、「はい」と神妙にうなずいた。言われてみれば確かに、そのような注意を聞いたことがあるような気はする。けれどもマルウェア感染なんて日常的に経験することではないものだから、すっぽり頭から抜けていたのだった。


 ぞろぞろとカイルの後を付いて、三階にある仮設のセキュリティ監視室に向かう。彼はそこでUSBメモリーの中身を確認して「マルウェアだ」と断定した。こう言葉にすると簡単そうだが、まずはUSBメモリーから中身を取り出すところまでだけでもひと仕事である。


 中身を確認する際も、カイルは用心深い。すぐにPCにつなぐことはせず、まず仮想環境を立ち上げる。その上でさらに、自動実行を無効にする。そこまでしてから、ようやくUSBメモリーをスロットに挿すのだ。


 内容確認にエクスプローラーを使うこともしない。ターミナルウィンドウを開いて、コマンドで内容を表示する。遙香は画面をのぞき込んで、首をかしげた。


「あれ。空っぽですね」

「そうだね。でもまあ、これくらいは想定内」


 カイルはターミナルにコマンドを打ち込む。「winfr」というそのコマンドに、遙香は見覚えがなかった。


「何ですか、そのコマンド」

「公式のファイル復元コマンド」

「そんなものがあるんですね」

「うん。一般ユーザー向けじゃないけど、無料だし、便利だよ」


 OSに最初から入っているわけでなく、自分でインストールする必要がある。きちんとした知識なしに使用すると事態を悪化させる可能性があるので、一般ユーザー向けではない。だが十分な知識のある者にとっては、コマンドラインから利用できるのは便利だ。


 カイルが手慣れた様子でコマンドを入力すると、スキャンが始まる。やがて復元されたファイル名が表示された。


「よし。復元完了!」


 カイルがグッと拳を握ると、ジェシーは「復元できてよかった」と笑顔を見せた。


「手遅れになる前に確認に来てくれた管理人氏に感謝だね」

「まったくだ。USBメモリーが完全フォーマットされてたら、とんでもなく面倒くさいことになってたもんなあ」


 宅配便で送られたUSBメモリーに添付されていた手順書には、USBメモリーの中のファイルをダブルクリックした後、USBメモリーを完全フォーマットするよう指示されていた。管理人はこの完全フォーマットの手順でつまずき、遙香に助けを求めに来たのだ。


 USBメモリー内のファイルが消えていたのは、実行後に自分を削除するタイプのマルウェアだったためだろう。こうしたマルウェアは、セキュリティソフトから検出されにくくするために、あるいは侵入経路を特定できなくするために、自分の痕跡を消そうとすることがよくある。


 今回はそれに加え、ご丁寧に手順書をつけて、完全フォーマットまでさせようとする始末。手順書の記載に不備があったおかげでフォーマットは行われなかったが、もし完全フォーマットが実行されていたら、ファイルの復元は不可能だった。復元できなかった場合、仕込まれたファイルを探し出すのにもっと大変な手間がかかったことだろう。


 こうして首尾よくUSBメモリーから復元したファイルを、オンラインスキャンができるというサイトにアップロードし、待つことしばし。このサイトは、なんと七十種類以上ものセキュリティ製品にファイルをスキャンさせ、その結果を表示すると言う。


 アップロードに使う回線は、カイルの持参したポケットWi-Fiだ。サイバー攻撃を受けて館内のネットワークが使えなくなる事態に備えて、あらかじめ準備してあった。


 やがて結果が表示された。その中には、赤字の行がちらほらとある。その赤字の行を指さしながら、カイルがうなずいた。


「やっぱ新種だな。ほらここ、ジェネリックって書いてあるでしょ。ヒューリスティック検知で引っかかったってことなんだよ」


 セキュリティソフトは、マルウェアの検出にパターンファイルや定義ファイルと呼ばれるデータベースを使用するが、データベースにない新種を検出するために推論エンジンも兼ね備えている。この推論エンジンはヒューリスティック検知とも呼ばれる。


 かつての推論エンジンは誤検出も多かったものだが、最近はジェネリック検出などの新しい手法を取り入れるところが増え、誤検出が激減したとのこと。いずれにせよ複数社の製品がマルウェアと判定したのであれば、誤検出の可能性はほとんどないと見て間違いない。


 無駄のない動作でテキパキと作業しながらも、カイルはぼやく。


「しかし、まいったなあ。こういう事態は想定してなかったから、機材が足りないや」

「何が必要ですか?」

「できれば、中身をつぶしてもいいPCが二、三台ほしいんだよね。あるかな?」


 カイルによれば、このままマルウェアを除去するだけなら、多少の時間はかかるが簡単に終わる。けれどもその場合、犯人を特定することはできない。JDDの体面だけを考えるなら、それでも問題はないだろう。JDDにとっては、この会合が無事に終わることが何より重要なのだから。


 けれども今後のことまで考えたら、できれば犯人を特定して、引導を渡してやったほうがよいのではないか。もちろん、犯人が部外者か関係者か次第で、どこまで調べられるかが変わるだろう。が、いずれにしても、最大限の調査が可能なメンバーがここにはそろっている。ただし、そのためには追加で機材が必要、というわけだ。


 それを聞いて、篠崎は少し考えてから「あるよ」と言った。


「JDDの前のプロジェクトで、システム試験でのシミュレーター用にレンタルしたノートPCが四台あるんだ。つい先日、納品試験にパスしたから、もう使わないはず。ただ、異動のときにプロジェクトごと小野寺君に引き継いじゃったんだよなあ」

「小野寺さんに引き継ぐと、何か困ったことがあるんですか?」

「あの人、細かいじゃん。目的外の用途に転用するなんて話は、いかにも拒否しそうじゃない?」

「そうですか? 大丈夫だと思いますけど」


 篠崎は「うーん」と渋い顔をしつつも、スマホを取り出して小野寺に電話をかけた。


「もしもし、篠崎です。ちょっと教えてほしいんだけど──」


 レンタルしたPCがまだ返却されていないことを確認した上で、現在のこちらの状況を説明する。そして会合が終わるまでの二日間、レンタルPCを借りたいと伝えた。


「──え、いいの? わかった、すぐとりに行く。一時間以内には着くと思う。──うん。うん、ありがとう!」


 篠崎は満面の笑顔で顔を上げ、「ちょっと小野寺君とこ行ってくる!」と部屋から飛び出して行こうとする。だがそのとき、それまで影のように沈黙してたたずんでいた木戸が口を開いた。


「いや、俺が行きます」

「え?」

「自転車があるから、俺のほうが早いです。小野寺さんからPCを受け取ってくればいいんですよね?」

「うん」

「では、行ってきます」


 抑揚のない声で無表情に淡々と確認すると、木戸はさっさと部屋を出て行ってしまった。走っているわけでもないのに、足が速い。一同はあっけにとられたまま、木戸の背中を見送った。その中で最初に復活したのは、カイルだ。


「彼、かっこいいね。あれが本物のジャパニーズ・サムライってやつか」

「違います」


 カイルと遙香のこのやり取りは、通訳なしでも十分に聞き取れたらしい。篠崎が吹き出した。


「あれはサムライっていうより、忍者じゃない? ボルダリングの選手だったって言うし」

「そうか、ニンジャだったか」


 篠崎とカイルの会話に、今度は遙香が笑ってしまった。それぞれ日本語と英語で話しているにもかかわらず、きちんと話がかみ合っている。一緒にひとしきり笑ってから、篠崎は「あ、そうだ」と思い出したように再び小野寺に電話した。


「もしもし、篠崎です。たびたびごめん。今、あたしの代わりにキドジュンが行ってくれた。どれくらいで着くかわかんないけど、あたしよりは早いと思う。──うん、よろしく」


 電話を切った後、篠崎は首をかしげて何やら不思議そうにしている。遙香が「どうしました?」と尋ねると、彼女は首をひねりつつ説明をした。


「小野寺君、なんだか丸くなった気がする」

「どんなとこがですか?」

「前なら、こんな話は絶対拒否したと思うんだよねえ。筋が違うとか何とか言って。なのに、ふたつ返事で引き受けてくれたから、びっくりしたわ」

「ええ? 拒否したりはしないと思いますけど」

「いや、するする。あの人の女子受けがここまで悪いのは、融通が利かなくて頑固だからだもん」


 それを聞いて、遙香は思い当たるものがあって「ああ」と苦笑した。


「頑固さなら私のほうが上ですから、折れるのはいつも小野寺さんでしたよ」

「えっ」


 もっとも遙香は、小野寺とけんかどころか、言い争いさえしたことはない。ただ単に、心から納得できない限りは「はい」とうなずかなかっただけだ。小野寺は新人だった遙香の直属上司として、何ごともきちんと理解できるまで説明するのが自分の職責と心得ていたから、遙香が困ったように首をかしげていれば、彼女が納得できるようになるまで根気よく説明してくれた。


 そしてたとえば今回のような件で「筋が違う」と小野寺が言ったとしたら、遙香はどうして筋が違うのかわからず、困って首をかしげただろう。それに対して彼はきっと、その根拠を説明しようと言葉を尽くすに違いない。ところが実際には、彼がそう思い込んでいるだけであり、根拠など何もない。そのことに小野寺は、説明に悪戦苦闘している間に自分で気づくのだ。


 そうすると彼は苦笑いしながら、遙香の理解できる形に方針転換する。その上で「これならわかる?」と遙香に尋ね、彼女も今度は「はい」とうなずく。決して頻繁ではないが、こうしたことが何度かあった。だが小野寺に付いて二年目になる頃には、彼は遙香が理解できないようなことを言わなくなっていた。


 そう説明すると、篠崎はしばらくぽかんと言葉を失ってから、やにわに笑い出した。


「つまり、小野寺君はハルちゃんに調教されちゃったってことかあ」

「ちょっと。人聞きの悪いこと言わないでくださいよ」

「これぞ『鋼のお嬢さま』の真骨頂だね!」

「だから、変な納得しないでくださいってば」

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