鋼のお嬢さま (3)
彼女たちの所属する部署はネットワーク管理システム事業部、通称ネット管。全体で約百五十名ほどの、CCテック社内にあっては比較的規模の小さい事業部だ。ネット管には、技術系の部が四つある。第一と第二の開発部、そして国内システム部と海外システム部。その他に、スタッフ系の部が二つあった。
遙香たちがいるのは、第二開発部。第二開発部は、主にソフトウェアの開発を担当している。第一開発部の担当はハードウェアだ。
ネット管で扱うのは、その名のとおりネットワーク管理システムである。入社して配属されたばかりの頃、遙香はネットワーク管理システムと言われても、どんなものだかさっぱり想像もつかなかった。それも道理なのだ。一般ユーザーの目に触れることのないシステムなのだから。
ネットワーク管理システムとは、ネットワーク、すなわち通信網を監視して管理するシステムのことだ。ネットワークというものは、さまざまな装置から構成されている。そうしたそれぞれの装置がどのような状態にあるか情報を集め、集中監視するためのシステムが、ネットワーク管理システムである。
リアルタイムの通信監視はもちろん、装置異常の検出など、多岐にわたる機能を持つ。
ネットワーク管理システムとは、乱暴な言い方をすると、ネットワークシステムのおまけみたいなものだ。だからネットワークそのものを扱う事業に比べると、事業規模が格段に小さい。それに合わせて事業部の規模も小さい、というわけなのだった。
ネットワーク管理システムを必要とするのは、大規模なネットワークを持つ者、たとえば通信事業者だ。もっと具体的に言うと、インターネット事業者や、電話会社、携帯キャリアなどが挙げられる。
今回の新しいプロジェクトは、通信キャリアであるJDD向けのシステム開発ということらしい。新しいプロジェクトと聞くと、遙香は何だかちょっとワクワクする。いくつものプロジェクトを渡り歩いてきたベテランなら、いちいち感慨もわかないのかもしれない。でも、まだ入社して三年目の遙香には、ひとつひとつのプロジェクトがどれも目新しく感じられた。
なのに、その新しいプロジェクトのメンバーに、遙香の名前が入っていなかったのだと言う。なぜなのだろう。理由はわからないが、しょんぼりだ。けれども、顔には出さないよう気をつけながら話を聞いていると、篠崎はげんなりしたようにこぼした。
「システム部側の担当は、小野寺君だったわ」
「けんかしないでくださいね」
「売られたら買う」
「そこはスルーしましょうよ」
プロジェクトはたいてい、システム部と開発部とで連携して動くことになる。今回はそのシステム部側の担当者が、小野寺主任だったのだそうだ。四角四面な小野寺に、本筋以外には大雑把な篠崎。しかも、どちらも折れそうにない。どう見ても、相性は最悪だ。
心配してなだめる遙香に、篠崎は闘志をあふれさせて拳を握る。その様子を見ながら、千絵がうふふ、と楽しそうに笑った。
「シノちゃんと小野寺さんかあ。二人が戦ったら、怪獣対戦みたいになりそうよねえ」
「周囲の被害甚大じゃないですか」
遙香が思わず真顔で返すと、千絵は「そうねえ」と軽やかにまた笑った。
そのまま篠崎からJDDのプロジェクト内容を聞きながら、昼食を終えた。昼食の後、まっすぐに職場に戻る千絵たちと別れて、遙香はコンビニに立ち寄る。会社の自販機には置かれていない、無糖のレモンティーがほしかったのだ。昼休みの時間帯は、コンビニも混んでいる。遙香は対面カウンターよりすいているセルフレジの列に並んだ。
「相沢さん?」
名前を呼ばれて振り返ると、後ろに並んでいたのは小野寺だ。遙香と目が合うと、にこっと笑顔になった。小野寺が手にしている無糖のカフェラテを見て、遙香も頬をゆるめる。
「無糖、いいですよね」
「うん。会社の自販機にも置いてくれないかなあ」
「ですよねえ」
女性社員たちから極めて人気のない小野寺だが、顔を合わせればこうして気さくに声をかけてくる。仕事の上で厳格なだけで、決して気難しいわけじゃないのだ。
おしゃべりしながら、セルフレジで順番にそれぞれ会計をする。
会計を済ませたらひとりで先に帰ってもよいのだが、何となく遙香は小野寺が会計するのをレジの横から眺めて待っていた。いつもどおり、小野寺のワイシャツはパリッとのりが効いている。その性格を表すかのようにしわひとつなく、清潔感にあふれていた。スポーツマン風のすらりと引き締まった体躯に、見るからにさわやかな好青年風の顔立ち。
(容姿に恵まれて仕事もできるのに、ここまで女の人から敬遠される人って、なかなかいないよね)
遙香は胸のうちで失礼なことを考えながらも、澄ました顔で話題を振る。
「小野寺さん、次はJDDですってね。聞きましたよ」
「うん、篠崎さんと一緒だった」
「けんかしないでくださいね」
「え、誰と?」
「篠崎さんと」
遙香の言葉に、小野寺は目を丸くしてから「しないよ」と笑い出した。
「だって、勝負にもならないでしょ」
「うわ、自信家だ」
「違うよ。僕じゃ勝てるわけないってこと」
「あ、そっち?」
小野寺は「うん」とうなずいてから真顔を作り、「口でも物理でも、負ける予感しかない」ときっぱり言い切る。これには遙香も笑ってしまった。
「いくらなんでも物理なら勝てるでしょ。男の人なんだから」
「いや、普通に負ける気がする……」
遙香は篠崎の姿を頭の中に浮かべてみた。いつでもタイトスカートをはいていて、ムッチリと肉感的だ。でも、ムッチリして見える丸みのほとんどが、実は筋肉だったりする。日常の動作もキビキビしていて、いかにもスポーツ万能そう。
一方の小野寺は、スポーツマン風で無駄な脂肪がついていないところは同じでも、篠崎に比べると細身だった。パワータイプではなく、持久力勝負に強そうな感じ。
そのまま篠崎vs小野寺の怪獣対戦を思い浮かべようとしたところで、会社に着いてしまった。
ネット管の入っているビルは十二階建てだが、彼女たちはほとんどエレベーターを使わない。事業部が専有しているフロアが一階から三階にかけてなので、エレベーターを待つより階段を使うほうが早いのだ。一階にマシン室やスタッフ部門があり、二階がシステム部、遙香たちのいる開発部は三階だ。
階段を二階に上がったところで、小野寺は「じゃあ」と手を振って遙香と別れて行った。




