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日本を未来へと導く者 ~陸上自衛官、江戸に立つ  作者: はぐれ火星人
徳川家宣政権…翔馬、伸び伸びとやりたい放題する

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一年後への対策

モシリには一足早い冬がやってきていた。

執務室の窓には粉雪が静かに積もり、翔馬は山のような書類を片づけながら、時折、白く霞む外を眺めて息をついた。


チュクチのアイヴァン一行へは、意図的に切り取った情報を与えている。

プロパガンダといえば聞こは悪いが、つまりは都合のいい部分だけを先に見せるようにした。


そろそろ日本に深く傾倒し、「帰れば日本の味方をすべし」と考えている頃だろう。

これから後の対応は補佐に任せられる。

だが…翔馬自身がやらねばならないことがあった。


『一年後、将軍・徳川家宣が死ぬ。』

その運命を変えなければならない。


現在、家宣は四十九。

彼には自分の出自を隠さず説明した上で、絶大なる信頼を得ている。

自由に好き勝手やらせてもらっているのも彼の威光があるが故だ。


彼は現在はいたって健康だ。21世紀であれば、そう急に逝くような年齢ではない。にもかかわらず、史実では流行性感冒…つまりインフルエンザで瞬く間に命を落とした。


この時代、一度の流行で江戸では十人に一人がそれで死ぬことすら度々起きた。

数年おきに流行し、そのたびに町の人口が大きく揺れた。


細菌性の病なら、既に実用化しているペニシリンがある。

だがウイルスは違う。

この時代の技術では、サンプルを採取することすら手間がかかり、ワクチン製造など夢のまた夢だ。

せいぜい解熱剤で苦しみを和らげるのが関の山。


(本当に、それしか方法はないのか。)


翔馬の脳裏に、学生の頃マスクをつけて生活していた記憶がよみがえった。

そして、すでにモシリで成果を上げている“響き箱”が浮かんだ。


『民衆教育という最終手段がある』


思い立った瞬間、側近に出立の準備を命じ、数時間後には江戸へ向かっていた。

江戸城・広間

「お主が慌てて戻るとは、よほどのことか? しかも人払いまでとは。」

家宣は穏やかに言ったが、その目は冴えていた。


「家宣さま。大事なお話がございます。

 以前、初めてお会いした折、あなた様の門出は前途多難になると申し上げましたね。

 その意味を、お伝えしに参りました。」


「ほう、万事順調すぎて怖いほどだが……何かあると?」

翔馬は深く息を吸った。


「あなたは、史実では一年後に亡くなられます。

理由は、流行性の風邪インフルエンザでございます。

江戸では八万人が命を落とすほどの大流行になります。

その後、家継さまが継がれますが、ほんの数年後に同じく病で命を落とします」

広間の空気がわずかに揺れた。


家宣は腕を組み、厳しい眼差しで翔馬を見つめる。

「家継もだと……

 ときおり流行る、あの激しい風邪か」


「はい。前世であれば予防接種で抑えられますが、この時代にはありません。

ただ、“広げない”ことは可能でございます」


翔馬は対策を次々と提示した。

エタノールによる消毒。

マスクの着用。

薬の備蓄。

そして何より、民衆への徹底した教育だ。


蒸留所はいくつも稼働しており、医療用エタノールの増産も可能。

マスクも、製紙工場で極薄の和紙を重ね、柿渋やミョウバンに浸して殺菌性を与えられる。

だが…それらを活かすには、“伝える手段”が必要だ。


「この機会に、“響き箱”を江戸に設置してみてはと考えます」

家宣は眉を動かした。


「響き箱なあ……報告で聞いてはおるが、良さがわしにはいまひとつ分からぬ。

江戸の習慣が乱れるのではないかと心配でな」


翔馬は懐から無線機を取り出した。

「では、実際に聞いてみてください。

モシリの電波を、江戸まで転送してきました。

出立前に、彼らへ原稿を渡してあります」


スイッチを入れると、まず軽やかな音楽が流れた。

続いて、菓子屋の宣伝が入る

「お昼のひと時、あまーい餡ころ餅と美味しいお茶で午後の元気を!だーいこーく屋♪」


――番組が始まる。

『奈々と~ぉ、ヤヤの~ お昼の小休止しょうきゅうし♪BGM

ねぇねぇヤヤちゃん、昨日さぁ……』


家宣は目を丸くし、思わず姿勢を正した。

「和人とアイヌのおなごのお喋り……いや、興味がないわけではないが……これは、なんとも……聞く方がむず痒いのう……」

翔馬はかみ殺すように笑った。


番組はやがて、風邪予防の話題に移る。

『熱が上がったらまず周りから離れる!家族にうつすからね。

仕事なんて絶対に行っちゃ駄目ですよ。

保温、安静、水分補給!

窓を開けて換気も忘れずに!

しんどい時でも、おかゆや擦り下ろし野菜なら食べられるよ!

そして酷くなりそうなら、お医者さんへ!楽になるお薬ありますよ』

それから発明奉行が交易所で販売する健康飲料の説明が入る。


家宣は無線機を見つめたまま、静かに言った。

「……ほう。お主の声を、代わりに言わせておるのか。」


「はい。モシリでは、言語の違う人々が共存しています。

教育と情報統一に、この響き箱が絶大な効果を上げています。

この季節は、毎日防疫の情報をくどいほど流すようにします。

そして、 ほぼ住民全員が、放送を聞いてそれを受け止めます。」


家宣の顔に、驚きと警戒が交互に浮かんだ。

「住民全員とな……

それならば“民意を操る”ことも出来るのではないか?」

「さすが将軍様。察しが鋭い。」


翔馬は頷きつつ続けた。

「政治面の利点だけではございません。

歌の大会、楽器の演奏会、芝居の中継…

文化の発展は目に見えて進みました。

民は喜び、生活に彩りが増えました。」


家宣の目が楽しげに細まった。

「江戸は町人文化の町じゃ。モシリには負けぬぞ……おもしろい。やってみよ。」


すでに電波インフラは整っている。公表されていないだけで。周波数の関係で、機械に少し改良を加えるだけで工事は済む。


番組制作のため、日本橋近くにできた江戸駅の角地、目立つところにスタジオを設置し、町人から広くオーディションを募ると、まさに江戸らしい面白い人物が次々と集まってきた。


数か月後『江戸電波放送』が始まる。


目抜き通りの店先には、響き箱が無償で置かれ、

告知を聞きつけた町人たちは、まるで祭りのように集まった。

江戸駅のガラス張りのスタジオからは、スピーカーで広間に音が流れ、道行く人達が『歌姫』を一目見ようと殺到する。


そして…


『ポン…ポン…ポンポンポンポン、ドドン♪

イエノブのぉ~ お昼の小休止♪』


開幕の声が響く。

江戸の冬空の下、町は新しい風に沸き返っていた。

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