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日本を未来へと導く者 ~陸上自衛官、江戸に立つ  作者: はぐれ火星人
徳川家宣政権…翔馬、伸び伸びとやりたい放題する

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樺太→チュクチ 極北の戦士の地

樺太を出て、カムチャツカに渡り、アバチャで補給を済ませた翔馬は、すぐさま北へと舵を切った。

時は九月半ば。空気はすでに鋭く、朝夕は船べりに薄氷が張るほどだ。ひと月もすれば海は凍りつき、航路は閉ざされる。


樺太での寄り道があった以上、ここから先は一刻の猶予もない。目指すはチュクチ。ルーシ人にもっとも激しく抵抗し続ける、極北の戦士たちの地だ。

(座標 64.7304909891235, 177.5014419758783)


なぜそこへ向かう必要があるのかといえば、ルーシが極東に至るための二つの陸路のうち、一方の根元を押さえるためである。

ひとつ目のルートは、オホーツク海沿岸に抜けるルートで、サカ国からの山脈越えの道で、南シベリアから川をいくつも乗り継ぎ、拠点イルクーツクからサカのヤクーツクを経由しようやく辿り着く難路で、三か月以上がかかる。


もうひとつの北ルートはさらに過酷で、ヤクーツクから凍土の河をつないで半年以上かけて到達した先に、ルーシの砦が築かれている。目的地アナディルの街から川を五百キロも上ったところにある。


ルーシは、河口のこのアナディルの町をどうにかして支配下に入れようと度々ちょっかいを出してはいるが、その都度撃退される状況が半世紀は続いている。


現状では、このアナディルそばの大河をそのままスルーして小舟でカムチャツカ方面に南下していくのが通常になってはいるが、上流のチュクチ族は徐々にルーシ人の手に落ち、あとは、このアナディル周辺を抑えたら極東全体は完全にルーシの手に落ちる段階まできている。

このままでは、抵抗むなしくすべてルーシの手に落ちるのは時間の問題だ。


オホーツク海からカムチャッカ半島の先端を回る航路はまだ知られておらず、カムチャッカ太平洋側に来るには、彼らはこの陸路に頼るしかない。


つまり、このチュクチの砦を抑えれば、太平洋岸へ降りて来ようとするルーシを根元から断つことができるのだ。捕らえたコサック兵の証言でも、シベリアの拠点から一年以上かけてこの地に来ているという。そこまでして押し広げようとする以上、こちらも覚悟を決めねばならなかった。


人の気配のしない鬱蒼としたカムチャッカを北上する。

やがて、目的地のアナディルに着くころには、9月だというのに、江戸の真冬のような寒さになっていた。

船が湾に姿を見せた途端、岸から弓矢が放たれ、警告のように海面へ突き刺さる。翔馬は拡声器を通じ、凍える風に声を乗せた。「待ってくれ!話があって来た。ルーシ人を討つ相談だ。弓を下ろしてくれ!」矢は止み、兵たちはしばらくざわめいたのち、一度引き下がった。


十分ほどしてから、ひとりが大きく手を振り「こっちへ来い」と合図する。たまに吹く冷たい突風は、袖口から吹き込み、まるで刃物のように皮膚を刺す。そんな極寒の地においても、彼らは組織だった自衛軍を持ち、全員が弓や槍で武装し、一瞬でも油断すれば切りかかってきそうな圧を与えてくる。

敵が強いとわかっていても退かぬ、そんな勇猛さが伝わってくる。


村に入ると、木組みの家がびっしりと並んでいた。村というより町に近く、千人以上は住んでいるだろう。これまで見てきた辺境の集落とは明らかに規模が違う。彼らがこの地で何十年もルーシと戦ってきた歴史が、街の大きさから伝わるようだった。翔馬たちはそのまま長の家へ案内された。

もちろん武装は解除している。


「南方の日本という国から参りました。我々もルーシに苦しんでおりまして、北で奮戦される貴君らの話を聞き、様子を見に来たのです」


「日本か……アイヌの地より南だな?」


「アイヌをご存じなのですか?」

「ああ、交易に来る者どもがおる。数年に一度だが、友として迎えておる」


「アイヌは今、我が国の庇護下にあります。ルーシの南下を防ぐため、我が国が守っているのです」


その言葉に長の表情が険しくなった。

「ルーシのように、屈服させたのか?あいつらは大人しい部族だぞ!なんてことを…」周囲の護衛が短剣に手をかけ、空気が凍りつく。翔馬は首を振り、落ち着いた声で答えた。


「いえ、平和的にです。証拠になるかわかりませんが……これを」

差し出したのは、白黒写真だった。今年に入りヨウ素が手に入ったことで、初めて現像まで成功したものだ。写っているのは苫小牧の街並み、店先で談笑するアイヌと和人、共に汗を流す労働者、祭で混ざり合って踊る人々。すべて、笑顔の瞬間ばかりだ。


長は写真を食い入るように見つめ「これは……命を切り取ったのか?みな笑っておる…」と驚きの声を洩らした。

「写真という文明の技術です。我々の大船もその技術。ルーシは、こうした文明を持たぬ野蛮な国です。だから、単体であればルーシなど敵ではない」


「では、なぜその手で滅ぼさぬ?」

その問いに、翔馬は正直に答えた。国は鎖国体制であり、外に技術を漏らせば内部が混乱し、諸藩が騒ぎ立てる。いまだ国の形は複雑で、小さな国の集合体であると。だから国外での行動は極秘で行うしかなく、表向きは手出しできぬ事情があるのだと。


「だから、あなた方と協力し、極秘裏にルーシを追い払いたいのです」


長は長く黙し、炉の火を眺めていたが、やがて深く息をつき、口を開いた。

「条件は?わしらに何を求める?」


「我々と共にルーシを防いでほしい。そして成功した暁には、我が国の仲間として技術を守る側に加わっていただきたい。つまりは日本国の仲間に入るということです。みなさんの文化を尊重し、自治はみなさんのものです。むしろルーシの脅威が去れば、平和が訪れます。正当な交易の道も開け、文明の利器も手に入る。我々としては、代わりに、物資中継の基地と資源採掘を許してもらえれば特に他の要望はない。船を動かすための資源が必要なのです」


「そんな条件のいい話があるのか?ルーシ人達は一方的に搾取するだけだ」

「アイヌは、私の言った条件より一歩踏み出した内地化という形をとり、今、平和を享受しております」

「その写真とやらだけでは判断しかねるのぉ」


長老は、護衛のひとりに目をやった。

すると彼が前に出た。頬に風焼けの線が刻まれた、活力のある青年だった。


「我はアイヴァン、長老の三男だ。お主らの技術というのは、武器にもあるのだな?」

「ええ。ただし今はお見せできません。ですが、国に招待することはできます。どんな国かを知っていただくのが早いでしょう。中央には連れていけませんが、外れのアイヌの地ならば」


「本当に行けるのか?……生まれてこの方、この村より外を見たことがない」

青年は子どものような目をした。長は呆れ顔でありながら、どこか納得したようにうなずいた。


「まったく、お前は外ばかり眺めていたからな。よい、行ってこい。ただし、人質は置いてゆけ」

翔馬は即座に頷き、二名の兵を人質として残すと、アイヴァン一行三人を同行者として迎え入れた。こうしてチュクチとの第一歩は開かれ、翔馬は再び氷風の海へ向かって船を進めた。

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