響き箱
時は冒険団を壊滅捕獲した直後に遡る。翔馬は、捕えた18名へ恐怖を植え付けることを指示し、心を鬼にしながら冷徹を演じた。彼らはすでに俺を見るだけで恐怖で膝を震わせていた。
だが、ここで情けをかける余裕はない。
「今後も、一人たりとも生きて帰すな。通過する連中は必ず捕獲…抵抗するなら殺して構わない」
俺は淡々と、しかしはっきりと兵に命令を下した。
開発に必要な労働力として使う以上、生半可な甘さは不要だ。むしろ“恐怖”を刻みつけておいた方が、逃走も反乱も抑制できる。
カムチャッカ川の砦はいま、実質的に空洞のはずだ。
毛皮を集めて回っている連中が戻るのは秋前。
そこへ戻る前に、70名の探検隊は既に俺たちが殲滅済み。
となれば、今現在、砦に残ったルーシ人は20名にも満たないだろう。
脅威は、大幅に削がれた。
監視砦に置いていた兵も戻せる。そして俺も一緒に帰還する。
……念願の“大事”が控えているからな。
ーーー
苫小牧へ戻った俺は、その足で日アイヌ交流会館へ向かった。
ちょうど中央議会前、目抜き通りの交差点にあたる立地で、ガラス張りのスタジオは通りに面している。
通りから収録が見えるよう、オープンなデザインにした。
隣のビルの一階には、オープンテラスの喫茶店を作り、ラジオ収録を楽しみながら友達とお茶を飲めるスペースを確保した。
翔馬は裏口従業員通路に入ると、二階への階段を上る。大広間に入ろうとすると、扉の隙間からまだぎこちない声が漏れてくるのがわかった。
オーディションを通過したスタッフたちが、必死に台本を読み込んでいるのだ。
扉を開くと、全員が一斉に硬直した。
「だめだめ! 固いなぁ」
つい笑ってしまった。
まるで学芸会みたいに“棒読み全開”で、声も震えている。
「この収音機の向こうには、君たちの”友達”がいるんだぞ?
友達にそんな固い口調でおしゃべりしないだろ。もっと気楽に自然でいいんだよ。」
俺はマイクの前に座り、お手本を示した。
日本語で話し、続けてアイヌ語で話す。
自然に、軽く、でも明るく…聞く人に力が湧くように。
若者たちはポカンと口を開けていたが、表情に柔らかみが出てきた。
その後、和人とアイヌでペアを作らせ、お互いに“おしゃべり形式”で練習をやらせた。
台本から目を離し、相手の顔を見て話すだけで、声は驚くほど柔らかくなる。
「それでは次は、記念すべき最初の曲!
和人の津軽三味線と太鼓、アイヌのトンコリを合わせた『モシリの夜明け』をお聞きください!歌い手は、釧路アイヌのラオチちゃんです。では、どうぞ!」
スタッフが慎重に、漆を固着させた銅の円盤の溝へ針を落とす。
真空管を通ったその音は、驚くほど柔らかく、深く、そして強かった。
そう、レコードを実用化したのだ。
トンコリの弦が遠い大地の風を運び、三味線が鋭く跳ね、日本の太鼓が心臓に響く。
歌声は、透き通った高音が、日本語とアイヌ語がフレーズごとに交差していく…まさに文化の融合。
「……すごいよ、これ……俺、感動しちゃった……」
気づかないうちに目頭が熱くなっていた。
歌い手の名はラオチ。
虹を意味するアイヌの名だ。
道東の村々が口を揃えて推した歌姫で、その声は確かに“文化を繋ぐ虹”だった。
そして迎えた放送初日。
緊張しているのは若者たちではなく…恥ずかしながらも俺の方だった。
冒頭で、ついぎこちない挨拶をしてしまい赤面。
「お、大熊長官は……緊張しておられるようですね」
パーソナリティのその一言で、スタジオ全体がドッと笑いに包まれた。
和やかな空気のまま放送は始まり、驚くほど自然に番組は流れていく。
電波の向こうでは、各地の村に配布された手回し充電式の“響き箱”の前に住民が集まり、耳を澄ましていた。
ラオチの曲が流れると、モシリ中に歓声が上がったという。
その日は、
・幕府からの挨拶
・時事ニュース
・狩猟や自然の知識を伝える生活の知恵講座
・アイヌ語と日本語の語学番組
などを含む三時間の濃密な編成。
放送は、お互いの文化を知る最初の“架け橋”となった。
『モシリ電波放送』
今後はスポンサー枠を設け、旅先探訪番組やのど自慢大会、最新発明品の紹介番組など、徐々に幅が広がっていく。
同化を突きつめると、無理やり力でねじ伏せる方法はあるが、そのような方法では後に禍根を生むことは歴史が証明している。
平和的にお互いを学び、言語を習得したいと自発的な意識を植え付ける… その為にはエンタメが最適だ。文化が人を繋ぐ。綺麗ごとのようだが、翔馬の理想の形はあくまで平和的というのが常に念頭にある。
…ここから、モシリは本当の意味で一つになる。
そんな予感に、胸が高鳴って仕方がなかった。




