カムチャッカ上陸
灰色の波を裂きながら、翔馬の船団は北へ向かっていた。冷たい風が帆を鳴らし、海鳥が斜めに飛ぶ。七月の陽は長いが、空気はどこか張り詰めている。占守島を離れてすぐ、10キロ先に見えるカムチャッカ半島の南端付近に船を着けた。
翔馬はその先端に上陸すると、切り立った崖の上におもむろに一本の杭を打ち込んだ。表面には塗料で刻まれた文字…「日本国領土」。
この時代、発見した者、先に旗を立てた者が土地を得る。競合した場合、実効支配したものに主権が移る。行き先々に看板を建てるつもりだ。仮に実効支配していなくとも。
俺の歴史の中で、日本がルーシにやられたことを直接やり返す。高揚感がたまらない。
さらに太平洋岸に北へ300キロほど進んだところで、広い入江が見えてきた。波は穏やかで、湾の奥まで静まり返っている。ここは、21世紀にカムチャッカ最大の都市となっている地理的に重要な地だ。
湾内に入ると、やがて右舷側に十戸ほどの小さな集落が見えた。高床の木製あばら家が並び、魚を吊るして燻す煙が立ちのぼり、潮風に独特の匂いを混ぜている。毛皮をまとった男たちが作業の手を止め、こちらを見上げていた。異国の大型船を見たのは初めてなのだろう。槍を手に取り、警戒の声を上げる。怯えている表情が見てとれる。
翔馬は甲板の上から穏やかに声を張った。
「やあ、みなさん。怖がらないでください。私はここより南の日本という国から来ました。少しお話を聞かせてください。お土産もあります。」
意外にも翔馬が彼らの言葉を使ったことに、村人たちはざわめいた。互いに顔を見合わせ、しばし沈黙ののち、一人の老人が前に出た。「お前、我らの言葉を話すのか。」翔馬は頷き、微笑んだ。やがて彼らは警戒を解き、翔馬一行は村に迎え入れられた。
炉の前で、村長は語った。彼らイテリメン族は、半島中部に点在する部族で、どの集落も数家族ほどの規模にすぎない。互いに漁を助け合いながら生きており、夏の短い間に一年分の糧を確保するという。
翔馬が尋ねた。「ルーシ人を知っているか。会ったことは?」村長は険しい顔をした。「ああ、白い顔の者たちか。二年に一度ほど、夏になると来る。いつも鉄の棒を持ち、知らぬ言葉で怒鳴り、脅す。
昔、村に引き入れたら、殴られて毛皮を全部奪われた。あの冬は多くが飢えた。それから、やつらが来ると森に隠れ、弓を放って追い返している。三人ほどの小さな船ならまだ勝てるかもしれん。だが、もし大勢で来られたら……もう、無理だろう。今日はお主らを見て、いよいよルーシの大船が来たと思い、生きた心地がしなかった」
火の明かりが村長の皺の奥で揺れた。その瞳には、怒りと同じくらいの疲れが見えた。
翔馬はしばらく沈黙したのち、低く言った。「村長、それは正しい見立てだ。ルーシはこの地を呑み込もうとしている。この地の内陸の、君たちの同胞や北方の民族は、既にルーシの手に落ちている。我々の国にも、その手が伸びつつある。だが今なら、まだ間に合う。同じ顔をした兄弟として共に立とう。彼らを追い払うために。」
村長は火を見つめながら息をつき、「我々は戦うのは苦手だ。一緒に戦うことは叶わんだろう。他の村の長は知らんが、お主らが勝手にルーシとやりあうことには反対はしない。だが、気持ちはお主ら側にあるのは理解して欲しい」と答えた。
翔馬は入江の入口にある小高い丘に見張り拠点を築く許可を得た。
(座標 52.910988280845636, 158.68356852710878)
暴力的なルーシ人を、まだ無害に見える和人によって追い払ってもらうのは村にとっても利があると苦肉の判断だろう。
シュムシュと同様、丘の木々を倒し、コンクリ基礎を敷き、ツーバイフォー構造の官舎を建てる。村の男衆も手伝ってくれたので、いささか順調に建設が進んだ。
風を避けるために屋根を低く、壁を厚く、暖炉と温水循環の管を備えた。ルーシ人が実効支配しているという土地に我々の“眼”を置く…それが翔馬の方針だった。
前世で彼らがやったことをそのままお返しするという恨みも多分に含まれているのは自覚している。
ルーシ人は、主にふたつのルートで極東にやってくる。
広大なサカ地方経由で、北極海沿いの川を渡り歩き、大陸最果てのチュクチからカムチャツカに南下してくる北回りルート。下手をすればシベリアの拠点から一年半以上をも要する過酷なルートだ。
我々が対峙するであろうルーシ人は、このルートでやってくる。
武装コサック兵がほとんどで、あとは政府の徴税官や運び屋などで成される。
女子供は同行していない。
もうひとつのルートは、内陸のサカ地方からレナ川の支流を上り、険しい山を越え、三か月以上かけてシベリア南部からオホーツク海沿岸にまでやってくるルート。
この不便さから、この地域で活動しているルーシ人はそれほど多くない。
前述のとおり、千から二千くらいしか滞在していない。
極東は、国の中枢のモスクワから9000キロも離れ、立場的には辺境の中の辺境といったものか。
大軍を動員できるだけのバックボーンが出来上がっていない。
『だから今が好機なのだ。』
まだ、カムチャツカが半島であるという認識がないため、オホーツク海沿岸ルーシ人とカムチャツカ半島の太平洋岸の者は完全に分断されている。
一部の毛皮回収班のコサック兵は各地に作った砦に常駐するが、その他の運び人や徴税人は、点在する砦に滞在し、冬の到来の前にはサカ地方のヤクーツクやバイカル湖畔のシベリア拠点に帰る。モスクワなどの中心部までは場合によっては2年以上かかる過酷なルートだ。ほとんどは、サカ国の拠点に荷下ろしし、また極東への長い旅路につく。
翔馬は、この夏から秋にかけて、カムチャッカ太平洋岸に同様の拠点を築き、さらにアリューシャン列島の西端、ウムナック島にも同型の砦を建てた。ルーシ人との遭遇はなかった。それぞれの拠点に六名ずつ兵を置き、半年交代で監視任務に就かせる。
保存食と燃料は三か月分を備蓄し、この後ひと月でやってくる補給船で半年分を補う。次からは半年ごとに補給船はやってくる。拠点にはルーシ語の教本を置き、敵との意思疎通のための勉強と情報収集を命じた。
3か所もの砦を築くうちに気づけば11月になっていた。外は厳寒の風が吹きつけていたが、思ったより寒さは骨の髄まで染みるほどではない。海洋性の気候が、この地を少しだけ寛容にしていた。
翔馬は甲板で熱い茶をすすりながら、遠ざかるカムチャッカの岬を見つめた。背後には、自らの命で築かせたシュムシュも含めると4つの監視所がある。どれもまだ小さな影にすぎない。だが、それらは未来の国防基地であり、彼の国の防壁の始まりだった。
風が吹き抜け、白い息が空に消える。「間に合ったな」と独りごちる。海は鉛のように静まり、陽は短くなり始めていた。翔馬は湯気立つ茶を手に、次に来る冬のことを考えていた。




