奔走する日々
あれから、アリシノを国後で降ろした翔馬は、標津、根室、厚岸、釧路と寄り道を重ね、ようやく苫小牧へと辿り着いた。
厚岸ではすでに取引市場が完成していたが、他の港湾はまだ建設の途上だ。今年中には各地に保管倉庫と市場を兼ねた建物を整備し、蝦夷地の物流を一気に動かすつもりである。
しかし、こうして実際に土地を巡ってみると、机上では見えなかった課題がいくつも浮かび上がる。
海産物の流通は、港を拠点とした海路輸送で解決できるものの、内陸部…たとえば十勝や旭川のような広大な内地では、物資や人の往来が難しい。
翔馬は苫小牧の執務室に籠り、道路整備計画を地図の上で何度も引き直した。
「それでも優先整備区間は……北だな。」
すでに港湾整備に関する命令は出してある。だが、最優先拠点は函館でも小樽でもない。翔馬が注目しているのは、北の端、稚内だった。
「…わが国の果ての地はモシリではない。
近く樺太にも手を伸ばす。そのためには、蝦夷地が“変わった”と一目でわかる象徴が必要だ。」
稚内と樺太は古くから縁の深い地。稚内の交易所を通じて樺太アイヌとの交流が始まれば、情報も人も自然と行き来する。翔馬の脳裏には、北の海を横切る交易船の姿が浮かんでいた。
視察を終え、翔馬は江戸に戻る。
将軍への報告は順調だった。事業の進展に将軍も安堵の色を見せたが、翔馬の次の言葉に表情を強張らせる。
翔馬が温めていた構想をついにぶちまける。
「国軍を編成するべきだと考えております。」
「……国軍、だと?突拍子もないことを。」
「予定では北からの脅威は、来年にも現れます。たとえ今回退けたとしても、彼らは諦めません。
300年後でも、日本本土を脅かし続けた連中です。それに、我が国の機密を盗もうとする外国の勢力も排除せねばなりません。」
将軍は沈黙する。翔馬は続けた。
「もうひとつの目的は国内治安です。幕府が近代的装備で統一された軍を持つことで、反抗を企てる藩を抑止できます。
今、改革の影響で職を失った者も多い。モシリ移住政策と並行して、彼らを受け入れる仕組みとして軍を創設するのは、悪くない手だと考えます。もちろん、最高指揮官はあなた様です。」
「藩の反発を招くのは見るより明らかじゃないのか?」
「だからこそ、強大な軍事力でその気を挫く必要があるのです。ゆくゆくは、藩のあり方は考え直すことを進言します。日本が鎖国を続けている中、世界は常に動き続けております。技術の発展に伴い、我が国周辺も世界の強大国の影響下になります。これは私の前世での史実です… だからこそ、内部で小競り合いをやってる場合じゃないのです。国はまとまらないといけない。」
将軍は眉を寄せ、腕を組む。
「……うむむ。これは即答できぬ。あまりに大きすぎる改革じゃ。
新井白石とも相談せねばならぬ。
お主が言うことに誤りはなかろうが、それに伴う弊害も無視できぬからな。」
「ごもっともでございます。」
深く頭を下げ、翔馬は城を後にした。
その足で向かったのは、大江戸未来館。しばらく中断していた化学実験の続きを、再び始めるのであった。




