津軽海峡で未来を語る夜
翔馬たちは、函館を出航して東へ向かっていた。これから取引所の物証を集めながら、村人を登別の彼らの村に届ける。船の甲板には冷たい潮風が流れ、月明かりを頼りに舵をとる。
船倉の一室では、翔馬がアイヌの長老と地図を広げ、静かに話をしていた。
「アイヌの民は、おおよそ十万ほどいると言われてましたが、和人の持ち込んだ疫病でかなり数を減らしているはずです。アイヌは東西南北に散らばり、数十を超えるコタン…村の共同体を成して暮らしております」
長老の声は、年輪を刻んだ木のように穏やかで深い。
「コタンの中では、血筋よりも協働を重んじます。漁をする者、獣を追う者、道具を作る者。それぞれが役を果たし、他の村とも物々交換をして暮らしておるのです。海沿いの者は魚と塩を、山に住む者は毛皮と木の実を持ち寄る。祭りや儀礼の時には、遠く離れた者どうしが集まり、神への祈りを捧げるのです」
翔馬は地図の上に筆を走らせ、北の海岸線から山岳部まで線を引きながら聞いていた。
「なるほど。つまり、国ではなく、自然と共に生きる集落の集合体ということか。交易路を整え、病に備える仕組みを作れば、彼らの生活はもっと安定するはずだな」
「おぬしは、我らを支配しに来たのではないのか」
「違う。共に歩むんだ。支配ではなく、共生だ。俺は君たちの文化を尊重したい。」
翔馬は地図を閉じ、深くうなずいた。
長老は安堵の笑みを見せ、やがて静かに席を立つと、甲板へと戻っていった。
残された部屋には、筆と地図、そして小さなランプの明かり。翔馬はしばらく地図を見つめたまま、思考の糸を結んでいた。
ーーー
そのとき、扉が軽く叩かれた。
「翔馬はん、入ってええか?」
岡部が顔をのぞかせた。いつもの調子に戻りかけた声だったが、どこか言いづらそうに眉を寄せている。
「なぁ、率直に聞くが…あの凄い武器……あれ、いつどないして作ったんや。ワイとお前の仲やのに、何も聞かされとらんかった。なんで黙っとったんや。正直、悲しかったで」
翔馬は静かに頭を下げた。
「申し訳ない、岡部さん。……実は、ひとつ言っていなかったことがあるんだ。いつかこの日が来ると思っていた。今日がその時だ」
そう前置きして、翔馬はゆっくりと口を開いた。
─自分が300年後の未来から、この時代へ転生してきたこと。
─未来の科学と知識をもとに、いくつかの発明を再現していること。
そして、それを「この国を正しい形で導くため」に使っていることを。
岡部はしばらく黙っていた。
「……本気で言うてるんか?気でも狂ったかと半分思ってるわ。まぁ、翔馬はんならありえる話やが。すべてが規格外やからな。」
「本気だ。この銃に刻まれている“二〇式”という刻印は、西暦二〇二〇年式という意味だ。今は西暦1709年だ。」
翔馬は懐から黒い薄型の板を取り出した。
「なんなら、未来を見てみたいか?」
「見る?見れるんか?」
部屋の灯りの中で、スマートフォンの画面が青白く輝く。
「これはスマホと呼ばれる情報端末だ。未来では金持ちも貧乏も関係なく、誰でもこれを持っている。世界中の人と話ができ、何が起きているかをすぐに知ることができる」
「……まるで、神の鏡やな」
岡部は息をのんだ。翔馬は微笑み、画面を操作する。
AIアプリを開き、マイクに向かって問いかけた。
「9月の函館の気候について教えて。あと、函館から登別まで20ノットで航行したら、どれくらいで着く?」
一瞬の沈黙のあと、機械が澄んだ女の声で答えた。
「9月の函館の平均気温は19.8℃、平均最高気温は……航行時間はおよそ3.24時間です」
岡部は目を丸くした。
「これは無線か?お前の作った無線やろ?女はどこにいる?」
翔馬は首を横に振る。
「いや、本物の人間じゃない。この中に“人工の脳”があるんだ。人の言葉を学び、理解して答える機械だ。俺の発明を手助けしてくれている友だ。」
「ほぇー……技術は、そこまで進むんか。ワイらが生きとる間に、そんな世が来るんやろか」
翔馬は少し笑って言った。
「この世ではまだ無理だなぁ。技術は蓄積だからな。でも、道筋は作れる。俺たちが最初の一歩を踏み出している」
それから一時間ほど、翔馬は撮り貯めていた映像を再生した。岡部は初めて見る色鮮やかな映像に、ただ驚きの声を漏らした。
「言葉は半分も分からんが、なんやろな……別な世界をそのまま見せられとる気がするわ。未来の江戸と自衛隊?はほんまにすごい。あの創作劇も江戸でやれば流行るんやろうなぁ。」
「映画やアニメといって、未来の人が作る物語だ」
「なるほどなぁ……。翔馬はん、秘密は守る。安心してええ。その代わりっちゅうたら図々しいけど、たまにこれ、見せてくれへんか?」
翔馬は笑い、頷いた。
「もちろんだ。岡部さんは俺の仲間だし友達だ。」
その夜、ふたりは夜更けまで今後の方針と翔馬の世界観を語り合った。
海は暗く、遠くの水平線の向こうにわずかに北斗の光が揺れていた。
翔馬は胸の奥で、初めての安堵を感じていた。
この時代に、ようやく今までも友ではあるが、本当の意味で「自分の真実を語れる友」ができた。




