閑話:焼き鳥、揚げ鳥
肉食解禁から三か月。
だが、江戸の町を歩けど歩けど、肉の香りはしない。
寺の精進料理、蕎麦、豆腐、野菜ばかり。
そう、供給がまったく追いついていないのだ。
「鶏は山ほどいるのに、もったいない話だな。」
翔馬は未来館の仮設鶏舎を見渡しながらつぶやいた。
今まさに雌鳥を中心に久留里に移そうとしていたが、どうしてもオスが余る。
数千羽を処分せねばならない。
「……よし、決めた!」
翔馬は手を打った。
「祭りだ。夏祭りで焼こう!捌けるだけ全部、江戸で売りさばく!」
ちょうどその頃、墨田の盆祭りが近づいていた。
屋台が立ち並び、太鼓が鳴り響く。江戸中が浮き足立っている。
絶好のタイミングだ。
翔馬は朝早く未来館の食堂に女衆を集め、解体講習を始めた。
「え、えっと…翔馬さま、本当にこの子を……?」
「そうだ。生き物の命をいただくってのは、こういうことだ。」
「で、できませぬー可哀想にございますぅ…」
泣き出す若い子。
翔馬はその子の手から包丁を取り上げ、鶏に向き合う。
「スパっ!」
生温い空気の中、鶏が一刀で首を落とされ、ジタバタしている。
それを湯につけ羽を毟る。
翔馬の手際の良さに女衆たちは息をのんだ。
だが次の瞬間…血の気を失いプツンと白目を剥いて気を失う者、顔を真っ青にする者、嘔吐する者。
「……まあ、最初はそんなもんだ。」
翔馬は苦笑しながら鶏を吊るし、黙々と解体を続けた。
綱吉の時代が長かったせいで、肉を食ったことのない若い世代も多い。
目の前での殺生は、さぞかし苦しい体験だろうことは彼女らの身になって考えてみたら理解できる。
俺は肉を食える喜びの方が何倍も勝っていた。
半数近くが脱落し、残ったのは、根性のありそうな十数人。
昼過ぎまでに300羽を処理し、焼き鳥用に串を打っていく。
もも肉は翔馬が特製の醤油ダレに漬け込み、唐揚げ用に仕込んだ。
胸肉は塩唐揚げだ。
この時代であれば揚げ鳥とでも呼ぶか。
そして夜。
墨田の夏祭りは提灯の灯で川面が金色に揺れ、人々の熱気が渦巻いていた。
その中で、翔馬の屋台は異様なほどの人だかりを見せていた。
「おーい兄ちゃん、この“焼き鳥”ってやつ、もう一組くれ!」「あいよ。5本組な。はい16文」
「こっちは“揚げ鳥”!塩味の方な! こっちの方が酒が進むぞ!こんな美味いもの食ったことがねえ」「ありがとな。これから江戸の名物になるから覚えててな。はい16文」
「なにこれ、コリコリしてうめぇ! こんな旨味、初めてだ!」「そいつは砂肝って言うんだ。覚えときな。」
焼き網の上で脂が弾け、煙が立ち上る。
香ばしい匂いが祭りの空を覆い、太鼓の音と混ざり合う。
「おーい、みんな聞いてくれ!」
翔馬は屋台の上に乗り、声を張り上げた。
「いま俺たちは、この鶏を毎日の食卓に並べるための農場を作ってる!
もう少し待ってろ!次は、誰の家でも肉が食える時代にしてやる!」
拍手と歓声。
「さすが天礎様だ!」
「やっぱり未来館は違うな!大好きだぞー!」
「翔馬殿、うちの娘を嫁に!」(←酔っ払い)
夜風に乗って、笑い声と鶏の香りが江戸中に広がっていった。
こうして、日本初の「焼き鳥屋台」は、この夜、墨田の川辺に産声を上げたのである。
翌日のかわら版には、「焼き鳥、揚げ鳥旋風が祭りを席巻!」とデカデカと書かれていた。




