1709年 正月…時の河にて
雪の名残が石畳の隅に薄く残り、町の空気は白く凍っていた。
元日の朝。庭先には小さな門松が立ち、どこからともなく響く初詣の鈴の音が、冬空を震わせている。
翔馬は羽織の襟を正しながら、膝の上でよちよちと立ち上がろうとする真を支えた。
金之助の息子…まだ一歳半の幼子は、しきりに「ショマ! ショマ!」と指を伸ばして笑っている。
どうやら、自分を呼んでいるのだと悟った時、翔馬は思わず表情が崩れた。
周囲では、金之助夫妻や仲間たちが笑い、誰もがその声の可愛らしさに目を細めている。
「子の成長は早いものだな。」
そう呟いた自分の声に、翔馬はふと胸の奥が疼くのを感じた。
…早い、か。
もう五年。あの日から、もうそんなに経つのか。
人は笑い、泣き、老い、また次の命を紡いでいく。
だが、自分だけがその流れから取り残されているような――そんな感覚が離れない。
火傷を負っても、すぐに癒えた。
深手を負っても、10分後には跡形もなく治っていた。
気づけば、肌も、五年前と何ひとつ変わっていない。
偶然ではない。もう、疑う余地もない。
俺は… 時に縛られぬ存在なのだ。
翔馬は、真の笑顔を見つめながら、胸の奥に冷たい影を感じた。
この子は、いつか大人になり、自分を追い越していく。
そして、老いて、消えてゆく。
今いる仲間も、やがてはいなくなる。
その時、自分はどうしているのだろう。
同じ姿で、同じ声で、この国の行く末を見つめているのだろうか。
…そんな未来は、きっと歪みを生む。
そして、今の俺にはこの仲間を見送る覚悟もない。
どれほど知恵を尽くしても、時を止めた者が国を導き続ければ、人の営みはねじれていく。
だからこそ後任を育ててきた。誰かが自分の理想を継げるように。
そうしたら俺は…
また、真と戯れる金之助夫妻を眺めながら考える。
それでも、この静かな日々、この穏やかな笑顔を失いたくはない。
翔馬は、息をつきながら空を見上げた。
薄雲の向こうに、冬の日輪が白く滲んでいる。
その光の奥に、遠く迫る運命の影がちらつく。
(今はこの現実を受け止めるしかないな…)
翔馬は、以前よりカウントダウンしていたあるものに思考を戻した。
『あと十日』
あと十日で将軍・綱吉は、麻疹に倒れる運命にある。
俺の存在がそれにどのように影響を与えたかは未知数だが、史実ではそうなっている。
この国の舵は、まもなく大きく切られる。
家宣に取り入り、次の時代の流れをどう掴むか――。
正月の静けさの裏で、翔馬の胸には、次の策が渦巻いていた。




