江戸城 謁見の間
江戸城本丸、御座之間。
広間に老中らがずらりと控え、将軍は静かに口を開いた。
「翔馬よ……おぬしの進める国土改造の話は、我らが想像をはるかに超えておる。
道を広げ、機械を動かし、町を新しくする。それは結構。
だが、経費は果てしなくかかるのではないか? それに、あまりに大がかり過ぎて、かえって幕府に反感をもつ藩も出てくるやもしれぬ。」
畳に座した翔馬は、ゆるやかに膝を正し、深く一礼した。
「恐れながら、経費についてはご懸念には及びません。機械化を導入することで、百人の働きを一台がこなすゆえ、人件費も食い扶持も桁違いに軽減できます。
そして防衛についてはむしろ逆でございます。諸藩の間では、幕府への好感度が著しく高まっておりますゆえ、謀反の兆しは薄うございます。今の投資が後に何倍にもなって戻ってまいります。」
将軍は黙して聞き、やがて問いを重ねる。
「……しかし、道路が広すぎはせぬか。江戸の町は入り組んでおる。壊さねばならぬ家々はどうなる。彼らはどこに住むのだ。」
「道路が広いのは、先を見越してのことでございます。
すでに重機は大いに活躍しておりますのはご存じの通りです。車は整備された道が無ければ進めませぬ。
やがて、民衆がそれぞれ自動車を持つ時代になった時、道が自動車で溢れかえったら、やれ道路を拡張せねばならぬ…となった時に街の区画整理が大変でございます。それなら最初から広くとっておけばという話です。住民の件は…こちらを…」
翔馬は合図を送り、従者が奥から木箱を運び出した。
「これをご覧ください。」
木箱を開けると、中から現れたのは縮尺模型。瓦屋根と白壁を備えつつ、四層に積み上げられた鉄筋コンクリートの日本風集合住宅であった。
「先ほどの住居の件ですが、私の解決法はこれです。長州から得た新たな素材を用いた住まいです。火に強く、地震にも耐え、瓦屋根を戴きながら、内部には風呂、便所を備えております。窓はガラスで、洗濯物は屋内で干せる造り。しかも…」
翔馬は窓際に、奇妙な金属の円盤を置いた。直径1メートルを超えるパラボラ型の装置。その奥でスターリングエンジンが唸りをあげ、やがて細き線の先にあるガラス球が、ふっと光を帯びた。
「おお……!」
畳に並んだ老中たちが一斉に身を乗り出した。
「輝いておる……! 灯火も薪も使わず、これは……」
「電気でございます。」
翔馬の声は落ち着いていた。
「この仕組みによって、夜の灯は油を要さず、火事の憂いも減ります。街区をこの造りに改めれば、道路と線路の面積も確保できましょう。そして昇降の仕掛けを加えれば、やがて十階、二十階の建物も夢ではありません。また、目抜き通り沿いをこの不燃材料で作れば、火災の類焼を必ずや抑えることが可能になるでしょう。」
将軍の目が細められる。
「ふふっ、20階とな。大きくでたな。まぁしかし……災害に強く、人をも収めるか。……あまりに夢のような話よのう。江戸の開発は一朝一夕にはいかぬ。これは案として一度預かる。……それで、現実的な話として、お主らは、来年の課題は何とする。」
翔馬は静かに立ち上がり、窓際へと歩む。
「では、ご覧に入れましょう。」
スターリングエンジンから延びる線の先に、奇妙な金属筒と鉄の箱に入ったものがつながれている。翔馬はその筒に向かって、口を寄せた。
「テステス……こちら江戸城、翔馬です。本日も晴天なり、どうぞ。」
ザザッ。
「……こちら大江戸未来館、岡部です。はっきり聞こえております、どうぞ。」
さらに、別の方角から声が重なる。
「えーテステス……こちら吉村です。江戸沖、小田原丸。お二人の声、明瞭に届いております。どうぞ。」
老中たちは一斉に立ち上がり、窓外を凝視した。沖の彼方、白波の向こうに新造艦の姿が小さく見える。
「な、なに……? あの遠き船と、今、会話をしておるのか……?」
「幻か……否、確かに声が……!」
部屋にざわめきが広がり、誰もが畳に崩れ落ち、声を失った。
やがて将軍が深い沈黙を破り、ふっと笑みを浮かべる。
「……ふはははは! なんと奇天烈な……神の仕業かと思うたわ!」
老中たちも次々と笑いを堪えきれず、広間は爆笑の渦に包まれた。だがその目は、いずれも畏怖と興奮に揺れていた。
翔馬はただ静かに、一礼した。
「国土改造と並行し、この中継局を整備すれば、江戸より大坂、薩摩、果ては蝦夷まで、一瞬で声が届きましょう。」
広間に再び沈黙が落ちる。あまりの話の凄さに誰もついてこれない。
「このように遠方との直接会話だけでなく、電気の力で声を大きくすることもできます。拡声器と名付けますが、幕府の声を、一般の人達に知らしめる広告的な役割も可能になりましょうぞ。また、受信機が普及する時代になれば、電波に乗せて娯楽を提供するのも可能です。」
理解の範疇を越え、呆然とする場内。
将軍はしばらく考えたうえで結論をだした。
「翔馬よ。お主の想像は我の理解を越えておる。後にゆっくり噛み砕いて説明してくれ。さしあたっては、来年は、中継局なるものを作り、藩を音声で繋げばいいのじゃな?これは、現在では絶対に漏洩してはならぬ技術だ。この場の人間の間だけに留めるように。絶対に口外するではないぞ。」
「将軍様…お言葉ですが、現在の発明奉行の規模であれば、既に作業容量を越えております。私の事業のために、本来の事業が手薄になっている機関も多いと思いますが、彼らを江戸川に集めて、ひとつの機関としてまとめるのはいかがでしょうか?実際、今小田原で手腕の振るわれているのは作事奉行の皆さんが中心です。彼らがいてくれるから、私にも片手間で発明の余力が持てたというものです。もっと人材と工場が必要にございます。」
小田原で手伝ってくれている秋元氏もうんうんと頷いておる。
将軍「今結論は出せぬが、審議していこうではないか。」
徐々に、追い風が吹いてきているのはわかる。頬に感じる心地よい夏風を感じながら、そんなことを考えていた。




