仕事はどうする?
宝永元年(1704年)9月(旧暦)
三日後、ようやく着物の仕立てが終わり、晴れて自由の身だ。
金之助は家守の仕事の他に、副業で週一日は江戸を離れる。
長屋近くの両国橋から小舟で隅田川を遡上して荒川に入り、板橋や練馬の農村で野菜を仕入れてくるのだ。
そして、浅草近辺のお店に卸したり、天秤棒のおけに野菜を積んで個人に対し行商している。
売れ残りは長屋住民に無料で配布して回り、みんな大喜びしている。
俺は無職の間は、金之助のお伴として板橋や練馬に同行した。
21世紀では、一面の家とビルだらけの大都会東京だが、船で遡上している間に見えた風景は、一面の田んぼや畑。そして林と川沿いのちょっとした田舎集落だ。
今この土地を買っておけば、将来は大金持ちなんだろうな…なんて邪なことを考えていた。
この時代の流通は、船ありきで成り立っており、人の営みも自然と川沿いを中心に行われている。確かに未整備の道で重量物を遠距離運ぶのはちょっと想像つかない。
練馬の村で葉物やカブなどを仕入れて帰るのだが、気になった食材がひとつ。大豆だ。
味噌や醤油の原料としては当然使われており、この近辺では野田や銚子といった醤油の産地の上流域で大規模に大豆を栽培しているらしい。
それを利根川水系の水運で醤油みそ工場に運んでいると。
江戸に近いここ練馬で作られる大豆は、川を下り江戸で豆腐に化けて、市民の胃袋に収まっているのだ。
この時代は動物の殺生ができないため、皆、魚や豆腐からタンパク質を補充している側面もある。
それだけ大豆は大事な食材だ。
肉が食えたら解決するんだけどね。
菜種油が全盛のこの時代では、まだ大豆から作られる白絞油のことは頭にないらしく、仮に需要が増えてきたら大豆油も必要になってくるんだろうなと金之助と話した。
菜種の方が搾油量は多いが、寒冷地でも育つは大豆は後々使えることになるかもしれない。
仮に、北海道がまだ異国であるこの時代では、今後開拓することになれば、鍵になる食材のひとつだなと思った。
ーーー
この時代の江戸はわりかし裕福だが、それでも肉なしの一見質素な食事が多いので、ほんのわずかの野菜でも喜ばれるものだ。この時代の人たちは、米から主にエネルギーを得て、米に始まり米に終わるほど米至上主義の中で暮らしている。つけものだけで、よろこんで飯の2合3合を食ったりしてる。
売れ残りの野菜を長屋に住む人たちに配布し、世間話をするうちに金之助の遠縁の親戚という言い訳もなんとなく定着してきたようだ。
「よぉ!あんちゃん。飲まねえか?」と声をかけてもらえるくらいは親密になってきた。
にしても、体が動物性たんぱく質を欲しがっている。いい加減、野菜と米だけの生活にも飽き飽きしてきた。
とはいえ、野獣を捕まえて食べるのはご法度だ。そう、生類憐みの令のために。
鯨は魚の部類として解禁されている部分はあるが、一度食ったもののしょっぱくてクセも強く、好んで食べるものでもないなと思った。
田舎では、目を盗んで鹿や猪などの害獣を食ったりしているようだが、さすがに江戸ではそんな機会はない。
この獣肉禁止の仕組みは真っ先に変えたいと一日10回は頭によぎってくる。それくらい肉が食いたい。
一度、腹が空きすぎて牛めしの缶詰レーションを食ったのだが、脳が痺れるほど美味く感じた。
やはり人には動物性たんぱく質は必要だ。
食事も基本は朝食と夕食だけで、お昼に強烈に腹が減ることがある。だから、安くて小腹にちょうどいい蕎麦や上方からやってきたウドンが民衆の支持を得ているのだろう。
ーーー
金之助の助言もあり、奉行所に住民登録することにした。
日用座と呼ばれる現代で呼ばれるハロワのような所への登録も済まし、これでようやく働けるようになる。
金之助が身元の引受人になってくれたので、スムーズに事は進んだ。
一応俺は、北関東の遠縁の親戚という設定である。
この時代は、自由に仕事ができるわけではなく、街へ流入する新参者は登録制度の上で日雇い認可を得る免許制をとっていた。移民の監視・管理、徴税も兼ねる入管と税務署を兼ねたような近代的システムだ。
手数料も発生するが、日用座はこれを上納して国庫へ入れる。
ファンタジー的表現をすれば異世界もののギルド的立ち位置だ。実際こうだったのだから驚きの色を隠せない。
この日は登録してすぐ帰る予定であったが、現在募集している仕事札を見てみると、行商・鳶・土木工事・荷運びなど力仕事メイン。わりかしやっていけそうな予感はしていた。
金之助は人と会う約束があるためにこの場で別れ、俺はひとりフラフラ街を散策していた。
川岸には小舟がびっしり停められていて、みんなせわしく仕事をしている。
そんな中、一文無しの俺は、「腹が減った」と呟きながら、力なくトボトボ歩いていた。
野菜の行商は貢献事業なので一銭ももらわないようにしている。自力で稼がねば。
海岸線は思ったより近く、21世紀の東京よりかなり海が近い。江戸は埋め立ての都市だというのをつくづく実感する。
そこには、日本中からやってくる小型の帆船がひっきりなしに往来している。
「すごいな。この時代に既に海上輸送網が出来上がってたんだ。江戸の町も運河だらけだし、関東の近隣からも川を使って船輸送されている。」
思わず「すげぇな」と呟いて30mほどの大きさの立派な船に見とれていたら、近くにいた帯刀した俺と同じ歳くらいの武士が声をかけてきた。
「今、目の前に15隻くらい停まっとるやろ?どれが一番立派に見える?」
大阪弁のイントネーションだ。
「あの樽と木箱を積んでる二隻は同じ型ですよね?あの二隻はひと際大きくて作りもいい。実に美しい。見ているだけで楽しいです。」
「あんさん分かってはるやないの。アレな、ウチの管轄の船やねん。大坂の菱垣廻船って言ったら知らんもんはおらんわな。ええやろ?」
「へぇ、俺は田舎の人間なので…勉強になります。あの格子の細工がカッコいいです。男心をくすぐりますなぁ。で…あなた様は名のあるお方だと思われますが、お名前をうかがっても?」
「おぉ、スマン、スマン。ワイは岡部正忠って申しますわ。岡部藩主の岡部長泰の遠縁やねん。
岸和田藩って知ってはります?大坂の南にあんねんけど、出身はそこですねん。成り行きで堺奉行の役人になりましてなぁ、幕府へ鉄製品を送ったり、長崎からの南蛮舶来品を中継して江戸に運んでますねん。ほんでワイは幕府内にいて、荷を管理する仕事をしてますねん。」
「わ、わたしは天…いや、墨田長屋の翔馬と申します。ただの町民です。岸和田ですか。だんじりの町ですね。」
だんじりという言葉にピンときていない様子だったので、まだ祭りが始まる前の時代なんだと気づき、なんとなく概要を伝えて、他の藩の話と間違っていたとはぐらかした。
「翔馬はんか。だんじり?って何のこっちゃわからへん。そないな祭りはやってへんけど、あっても楽しそうやな。去年からお祭り自体はやってるそうやけど、山車を男衆で引っ張るのか。おもろい発想やな…」
余談だが、この他愛もない会話が、後のだんじりへと繋がるお祭りになるとは。数十年後知る。
「それで、あんさん、それでこないな所に突っ立って、何してはるん?」
「実は仕事がなくてですね。無一文で腹が減ってるのですよ。何か仕事があればいいのですが」
「アハハ、金持ちそうな身なりはしてはんのになぁ。翔馬はん、ええ体してるから仕事には困らへんやろ。ウチら役人を見ても平然としているところも物怖じしなくてええなぁ。何ならうちで働かへんか?船から荷下ろしの仕事や。ちょうど欠員が出てな、夕刻までに終わりそうにないので日用座に求人出そうと今から出かけるところやったんや。」
「ありがとうございます!岡部様、是非やらせてください」
岡部氏より仕事の札をもらい、日用座へは事後報告でと念を押してもらった上で仕事をあっせんしてもらった。
俺はその場で羽織を脱ぎ、ほぼ裸のふんどし一丁で荷物運びに加わった。
荷抜け(泥棒)を防ぐために、荷物運びの人足は裸で仕事しないといけないと金之助に聞いてた。
「みんな、今から働く翔馬や。よろしくな~」
ここ数日、部屋に籠って筋トレばかりしていたが、やはり外で体を動かすのは気持ちがいい。
周囲の人夫は、大男の飛び入りに驚いていたが、それ以上にその筋骨隆々っぷりに目を丸くしていた。船の荷物は幕府献上品の得体の知れないものなので、あくまで丁重に扱わないといけない。
「あのデカいあんちゃん一人であの箱運んでるぞ。30貫はあるだろう(110kgちょい)。化け物か。」
普通2人で運ぶ木箱を、ひとりで持ち上げては運んで荷車へ下ろし、上げては運んで下ろし、みるみる荷物が減っていった。
迅速かつ丁寧に。よく自衛隊でよく言われていた。そんな過去を考えながら、船二艘分の荷物はみるみる減っていった。
「あんちゃん翔馬って言うんか。夕方までかかる作業が、今日は昼過ぎに済んだぞ。あんちゃんのおかげだ。凄い男だな。」
真っ黒に日焼けしたひげ面の兄ちゃんが話しかけてきた。
「いやいや、俺はただの体力馬鹿の無職だよ。今日はいい運動させてもらって給料もらえて本当いい日だよ。美味いもんでも食って帰って寝ますよ。」
それを聞いていた近くにいたねじり鉢巻きが話しかけてきた。
「翔馬殿はあいつが言う言葉がわかったのか?あいつは琉球から流れてきた者で、おいらもあいつの言う言葉は半分もわからねぇ。それをあんたはあいつの言葉で返してただろ?俺も会津の出だから訛りが強くて聞き取りにくくて申し訳ねえが、あんたは琉球語をどこで学んだのだ?」
え?そうなのか?無意識に会話していたというか、普通に現代の日本語に聞き取れていた。
というか、この人の訛りも普通の日本語に聞こえる。
「普通に聞き取れてるぞ。あんたそれは会津訛りなのか?」
「え?お前会津弁も喋れるのか?何者だよ。こんなところで日雇いしてる場合じゃないだろ。」
一瞬考えこんだ。
もしや、あの夢の中で出会った老人の言っていた「餞別」というのはこの言語スキルのことなのか?
考えてみれば思い当たる節はある。現代日本と江戸中期で言語が完全互換できるわけないはずなのに、俺はこの世界で今まで話した人の中で、聞き取れなかったことはないし、会話中に聞き返されることもなかった。横文字はあえて使わないようにしていたとはいえ。
けど関西弁は関西弁として聞こえている。
知っている言葉はそのままに、知らない言葉は標準語に変換されていると推測してみた。
転生ものの漫画はいくつか読んだことあるが、魔法やチート戦闘力のような派手さはないが、ある意味地味なスキルとはいえ、実際その状況に置かれると凄く重宝するものだ。
自動翻訳機能ってやつか。もっと検証が必要だが、検証できる機会はそうそうないのが鎖国下の江戸時代。
「…あぁ、まぁな、俺は流浪してきたからな。」
適当にごまかした。
半刻の休憩の後、荷抜け検査と各自日当をもらい帰路につく。
岡部正忠「今日はお疲れさんな。翔馬はん、にしてもはよ終わったなぁ。あんさん、荷下ろしは二人分以上働いてはったやろ?見とったでー。あんさんみたいな人は喜んでうちで働いて欲しいねんけどどないかね?荷下ろしは週2~3回ってとこや。普通、うちの日当は200文なんやけど、あんさんなら300出すわ。」
この前食べたソバが16文で、串揚げ一本が4文だったことから、21世紀の価値に直すとすれば×30すればちょうど21世紀の円の価値になる。
300文あれば日当9000円か。長屋の家賃も月300文と言ってたな。週2~3回のバイトで食っていけるのか。まぁ悪くない…
「謹んでお受けさせていただきますよ。体力勝負ならだれにも負けないんで、むしろお金貰って運動させてもらえるなんて天国みたいです。是非貢献させてください。」
「あははは!面白い男やわ」
次は二日後の朝に来るように指示され、それを了承して家路についた。
「おーい、金さーん、鈴さーん、やっと日銭が稼げたよ。これ、今までの施しの足しになるかわからんけど受け取ってください。」
縁側にこしかけて、銅銭の入った袋を二人に見せた。
「おお!よかったな!けど、そのお金はお前さんのために使ってくれ。わっしらは今のところお金には困っておらんからな。」
「それでは俺の気が収まりません。では家賃として、当然の義務として払わせてください。」
「仕方ねぇな。翔馬の名前を家主への台帳に乗せないといけないじゃねぇか。内緒で住まわせてたのに。毎月の支払いになるぞ?」
「もちろん」
快く今日の日当を手渡して深くお辞儀した。
着るものもない一銭なしの貧乏からの逆転人生がんばるぞ。




