富士災害復旧特別班ー発足
年始早々。大江戸未来館の講堂には、作事奉行配下の三十名ほどの役人たちが顔を揃えていた。
しかし、その空気は冷ややかだった。
「……俺たちの仕事を横取りした町人上がりの奉行、だとよ」
「まことに癪だな。武士でもないのに奉行を名乗るとは」
「どうせ素人の真似事よ。せいぜい鼻を明かしてやればよい」
彼らは建築や土木の専門を誇りとする者たち。にもかかわらず、幕府が「未来館」なる得体の知れぬ組織を重用し、自分たちに下命した。それが面白いはずがない。
だが、彼らが通された講堂を見た瞬間、思わずざわついた。
「……ほう、広間に柱がないぞ」
「この広さで、なぜ天井が落ちぬ……?」
とはいえ、すぐに鼻で笑った。
「ふん、素人の真似事に違いあるまい。屋根が落ちるのに気をつけろよ。」
冷笑する役人達。
そこへ岡部が登壇した。
「諸君、よくぞ集まってくださった。本日はまず、富士復旧工事の手順を説明いたします」
壁に広げられたのは、巨大な彩色地図。山から海岸線、村々、河川に至るまで克明に描かれていた。
「まずはここに荷揚げ場を整備し、そこを拠点とします。物資の搬入は船で。その拠点から重機を投入し、灰を取り除きつつ、道路と居住区を再建してまいります」
鮮明な地図と理路整然とした説明に、役人たちは思わず前のめりになる。
聞いたこともない言葉もポンポン出てきたので、都度わかりやすいように説明しながら解説を進めた。彼らにとっては、理解や想像を越えた部分も多く、ほとんどは脳内が混乱した状況であったと推測できる。
最後になり、
「……ひとつ質問をよろしいか?」
一人が手を挙げ、すでに地図へ歩み寄っていた。
「ふむふむ……ここが江戸、ここが三浦半島……この川筋が小田原……」
指でなぞりながら驚きの声を上げる。
「わしら作事奉行でも、これほど明瞭な地図は持っておらぬ。どうやって作ったのだ?」
岡部は苦笑いを浮かべた。
「そこのところは……うちのお奉行、天礎翔馬殿の才覚でしてな。私らにも計り知れぬ工夫を凝らしております。詳しくは、後ほど直接お尋ねくだされ」
そう言って岡部は会場を移した。
建物の裏手に出ると、待っていたのは鉄の軌道と、見たこともない黒光りの金属の車両。
「皆さん、どうぞご乗車を。少々ですが、蒸気機関車の旅をお楽しみください」
「じょ、蒸気……?先ほど言っていたやつか。」
汽笛の音に合わせ、ざわめきが一瞬にして歓声に変わる。
街で翔馬らが車で走っているところを見かけた者も多く、一般的に認知されてはきているが、まだ具体的に、蒸気機関とは何なのか?と直接感じた人は少ない。ましてや、20m以上もある煙を吐く鉄の塊に戦慄を覚えない者などいない。
「な、なんなのだ…これは…」
白煙を吐きながらゆっくりと動き出した車両が、未来館の工場群を抜けると、役人たちは子供のように窓に張り付いた。
「う、動いておる!馬も牛もおらぬのに!」
「何たる仕組みだ……!」
この機関車は、馬2000頭分の力でもって荷を引きます。
「2000頭だと!?想像もつかない。しかし、あながち嘘ではないのだろう…」
皆が口々に2000頭…と言葉にする。
やがて停車した先、波止場には、巨大な鋼鉄の船が二隻、建造途中ながら堂々と姿を現していた。
「で……でかい……!鉄の船だぞ!」
「城か?いや、まさしく浮かぶ城ではないか!」
岡部は得意げに言う。
「これが新型の蒸気タービン船。大坂まで半日少々で行けます。われらは年に二隻から四隻を建造しておりますゆえ、諸君も幕府の一員として遠慮なくご利用くだされ」
最初は苦々しかった役人たちの表情が、次第にほころび、ついには子供のように目を輝かせていた。
「普段、廻船で大坂までどのくらいかかるのか?」
「10日だよ!こいつは半日だなんて…こんなことがありえるのか?」
「にわかに信じがたいが、お上の手放しの評価からして本当なのであろう…」
「海が荒れてようが、風が無かろうが、関係なく進むらしいぞ…」
「……未来の世に迷い込んだようだ」
誰かが思わず呟いた。
岡部は微笑んで言う。
「あそこの倉庫で翔馬殿がお待ちです。さ、参りましょう」
ーーー
倉庫の扉が開かれ、そこに立っていたのは長身の若武者。
「ようこそ。私がこの発明奉行、大江戸未来館の長、天礎翔馬です」
引き締まった顔立ちに鋭い眼光、袖口から覗く腕はまるで鉄のように逞しい。
先ほどまで未来館を小馬鹿にしていた役人たちは、一瞬で圧倒され、軽口を止めた。
翔馬は淡々と、各班の役割や担当地域を伝え、説明会は締めくくられた。
その時、一人の役人が前に出た。
「翔馬殿」
名を中浦忠次郎という。作事奉行の中でも重職にある人物だった。
「先ほど拝見した地図……あれには深く感銘を受けました。ぜひ、どのようにして描かれたのか、教えていただきたい」
翔馬は一瞬言葉に詰まった。
(……本当は、gogoleマップを写しただけだが……)
だが、測量の知識はある。
「……私は三点測量と名付けますが… 三つの基準点を定め、それぞれの角度を正確に測ることで誤差の少ない地図を描けるのです」
中浦は目を見開き、深く頷いた。
「なるほど……なるほどな!確かにそうだ!算術の理に適っております。これなら我らの地図作りも一変しよう。翔馬殿、凄いです。感服いたしました」
翔馬は中浦を手招きし、奥の事務所へ案内した。机の上には、さらに壮大な地図が広げられていた。
「これは……!こ、こんな精工な全国地図など見たことがない!」
中浦は息を呑む。
港湾拠点、鉄道網、道路網、資源採取地点、製造拠点。
国土そのものを造り変える大計画が一枚に描かれていた。
「これが次なる発明奉行の使命だ。もちろん、我々だけでは到底成し得ぬ。だからこそ、作事奉行のお力添えを願いたい。名付けて国土改造計画だ。」
翔馬は中浦を真っ直ぐに見据えた。
「この地図、預けよう。奉行所に戻られるのだろう? 上に届けてくれ。将軍からの御触れも出ているはずだ。これからは共にやっていこう」
中浦は力強く頷いた。
「確かに承った。すまぬが、最初はお主を侮っておった。この未来館の事もだ。お恥ずかしい限りだ。今日は新しいものに圧倒され、年甲斐もなく熱い気持ちになった。…この計画は、必ずやお上へ伝えましょう。これは忙しくなりそうですな!」
技術者だからこそ解る、未来館の先進性に大いに魅了されてしまっていたようだ。
初顔合わせの一日は、岡部の読み通り、順調に終わったのであった。




