富士山噴火
富士山周辺では、噴火の数日前から地鳴りが絶えなかった。
「また揺れたぞ……!」
「今度は長い……!」
甲府や駿河の農民は夜も眠れず、牛馬を小屋から連れ出しては空を仰いだ。翔馬の予言を信じて、多くの人々はすでに安全な地域へと避難していたが、それでも富士の巨体が不気味な唸りを上げるたび、誰もが胸を凍らせた。
そして、予言の日。11月23日
午前10時を少し回った頃、富士山が突如、轟音と共に噴き上がった。
「ごぉぉぉぉぉっ……!」
山頂から天を突き破るかのように噴煙が立ち昇り、成層圏まで達した黒煙は、瞬く間に東の空を覆った。火口から放たれた軽石と火山灰は嵐のように降り注ぎ、周囲の村々を一瞬で灰色に変えた。
避難が早かったため人命は無かったが、農地や林は無残に埋め尽くされていく。
「まるで雪だ……灰の雪だ……」
「こんなに……空気が、息が……!」
人々は口と鼻を布で押さえ、必死に避難路を辿った。
江戸でも異変はすぐに知れ渡った。
昼なお暗く、空には太陽の光が届かぬほどの火山灰が舞った。
「おい、昼間だというのに夜のようだぞ!」
「灰が……灰が降ってくる!」
「あの予言の通りになった。神の言葉だったのか…」
街の者たちは空を見上げて恐怖に声を上げた。瓦屋根は灰で白く覆われ、井戸は灰で濁り、商人たちは商品を守るため必死に店を閉ざした。
噴火は断続的に続き、年末にようやく収まりを見せるまで、ひと月以上にわたって灰を吐き出し続けた。その爪痕は凄惨を極めた。
翔馬と交友のある徳川家宣の治める甲府藩では、耕地が灰と軽石で埋まり、米の収穫は絶望的となった。だが、もっとも深刻な被害を被ったのは、富士の南東にあたる小田原藩領であった。
厚い火山灰は場所によって三メートルも積もり、村々は灰に沈み、道路も川筋も消え失せた。自力での復旧は到底不可能で、藩主自ら幕府に救済を嘆願せざるを得なかった。
ーーー
年末、江戸城。
大広間に将軍と老中たちが並び、そこへ翔馬と小田原藩主 大久保忠増が召し出された。小田原藩主は正座のまま額を畳に擦りつける。
「恐れながら……藩内の田畑、村々、ことごとく灰に埋もれ、もはや復旧の目途も立ちませぬ。どうか、幕府のご加護を……!」
将軍は重々しく頷き、翔馬に目を向けた。
「翔馬。其方の技術と人員で、なんとかならぬか?」
翔馬は深く息をつき、正直に答えた。
「……将軍様。地震被害の復旧に人員の大半を割いておりますゆえ、人手がどうしても足りませぬ。ただし、鉄工所では重機を継続して製造しており、機材の備えはございます。」
「ふむ……」将軍の眉間に皺が寄る。
翔馬は一歩進み、逆に提案を持ち出した。
「もし許されるなら、幕府の作事奉行の下で手すきの部門から人員をお借りし、臨時の“富士救済部隊”を編成いたしたく存じます。」
場に緊張が走った。老中たちが互いに顔を見合わせる。
「幕府の人員を……発明奉行の指揮下に?」
「前代未聞のことよ……」
将軍はしばし沈黙したのち、静かに小田原藩主へと視線を移した。
「小田原の地は……三尺、いや、三間もの灰に覆われたと聞く。これを藩独自で立て直すは、もはや不可能であろう。」
藩主は蒼白な顔で頷くしかなかった。
「御意にございます……」
将軍は重々しく言葉を紡いだ。
「ならば、被害の大きい領地の一部を幕府へ返納せよ。その代わり、他の代替地を与えよう。返納された土地は幕府の直轄とし、翔馬らの富士救済部隊をもって復旧にあたらせる。尚、その場を借りて、大江戸未来館の別館をそこに立ち上げる。そこは許容せよ。」
藩主は驚きに顔を上げたが、すぐに再び深く頭を垂れた。
「滅相もない。ありがたき幸せ……! 藩を守るためにも、この御恩は一生忘れませぬ……!」
広間には、緊張と安堵の入り混じった空気が漂った。
将軍は、翔馬をじっと見据え、ゆっくりと頷いた。
「よいか翔馬……そなたの肩に、この国の未来が懸かっておるぞ。」
翔馬は深く頭を下げ、ただ一言。
「承知仕りました。」




