奮い立つ民衆
津波から三日が経った沿岸は、焼け焦げた匂いと、濡れた木材の臭気に満ちていた。家も田畑も流され、丘の上に避難した人々は、憔悴しきった顔で身を寄せ合っていた。
翔馬はブルドーザーを停め、集まった被災者を見渡した。
「皆さん、まずは腹を満たしてください。」
職人たちが持参してきた缶詰飯を配り、即席の味噌汁を大鍋で温めると、温かな湯気が広がった。
冷え切った手に温まった缶詰を抱え、すすり込んだ人々の顔に、わずかな安堵の色が浮かぶ。三日ぶりの食事だという声があちこちから漏れた。
「ありがてぇ…」
「うめぇ…うめぇよ…」
翔馬が、復旧活動への助力を民に問いかけるタイミグを計っていた頃、憔悴しきった民の中で、若者たちの一団が前に進み出た。
「お奉行さま、俺たちに何か手伝えることはありませんか。」
リーダー格の青年が声を張る。その顔には疲労よりも、決意が刻まれていた。
「家は流されました。…家族を失った者も多い。けど、悲しみに明け暮れていても…見ているだけではどうしようもないんです。何かやらなきゃ。生き残った以上は、街を守らなきゃならない!」
その言葉に、年配者も子供たちも次々に頷き、声を上げた。
「そうだ、俺も混ぜてくれ!」
「少しでも手伝わせてほしい!」
「私も炊き出し手伝いするよ!」
翔馬は彼らを見渡し、静かに頷いた。
(やはり、日本人は強いな…)と心の中で呟く。
「明日、資材を運び込みます。みなさんの仮の住まいを作るのです。そして、なるだけ早急に建てるためにも、皆さんの助力が必要です。基礎石を集める者、資材を運ぶ者、配置を整える者…みんなの力を貸してほしい。建て方も教えます。俺たちと一緒に宿を作りましょう。」
「おう!」「俺は大工だ。任せろ!」
声が広がり、沈んでいた空気が次第に力強さを取り戻していった。
余談の中で、ある老婆が語った。
「揺れたときにねぇ、あの噂を思い出したんですわ。“大地震が来る”って…。信じちゃいなかったけど、津波が怖くなって荷物も持たずに子や孫を連れて丘へ逃げたんです。丘へさしかかった時に背後を見たら、集落は黒い水に飲まれていました。私は噂のおかげで助かったんですよ。」
「わしもだ」「俺も」
口々に語られる声を聞き、翔馬は胸の奥が少し軽くなった。自ら流した噂が、多くの命を救ったのだ。
翌日、夜明けと同時に作業は始まった。基礎が配置される頃に建築ユニットが到着し、作業の振り分けの通りに順調に作業は進む。わずか十日ほどで宿舎群が姿を現した。板屋根に板壁の簡素な見た目。だが百人単位で眠れる大規模な建物は、人々に安心と希望を感じさせた。
翔馬は完成を見届ける前に、次なる被害地…室戸、安芸へと移動した。そこでまた同じように人々を励まし、宿舎を建てていく。
そして被災者の心には、必ず一つの言葉が刻まれていった。
「幕府のおかげだ」
そしてもう一つ。
「未来館の天礎様に会ってお礼が言いてぇ」
ーーー
その後も翔馬らは、土佐や紀州を重点的に助ける一方で、伊予・徳島・大坂など津波に襲われた各地へも足を運び、設備や幕府からの物資を分配していった。
最初、各藩の反応はまちまちだった。
「発明奉行など無駄飯食いが……」
「幕府の助けはいらん…」
「幕府の手先が…」
必ずしも藩の役人からは歓迎されたものではなかった。
救援活動は、やるなら藩の協力の元(監視下)でという条件で活動したわけだが、被災民の反応や重機を使った効果的な復旧作業などを目の当たりにし、感心させられることの方が多かった。
しまいには、肯定的な印象を持たれるまでに活躍したのは言うまでもない。
「この重機…一日で瓦礫の集落を更地に変えたぞ……」
「見ろ、この大きい仮宿舎! 火を起こさなくても暖かいではないか。」
「この寝袋なるもの… 便利だな。これだけで冬場の暖がとれないか?」
「この缶詰飯なる保存食、美味くて便利だ。いかなる時も場所も関係なく食えるとは…」
「発明奉行は凄い!天礎翔馬はやり手だ。」
噂は瞬く間に広がり、民・藩問わず、あちこちから幕府へ感謝状が届いた。
ーーー
江戸城にて。
江戸に帰るとすぐに、翔馬は召喚された。
将軍は上機嫌で、翔馬を大広間へ召し出した。
老中組の中で、秋元氏は未来館と同行して被災地巡りをしているため席が空白になっている。
「此度の働き、まこと見事であった。各藩から感謝の言葉が殺到しておるぞ。まさにお主らの手柄じゃ。褒章を遣わし、金銀を下賜するゆえ、心ゆくまで受け取るがよい。」
しかし翔馬はすっと膝を進め、深々と頭を下げた。
「ありがたきお言葉にございます。されど、その金品は、なお困窮している人々のためにお使いくだされ。我らの望みはただ、技術で人々を助けることにございます。民の笑顔が我々の報酬です。」
一瞬、場が静まり返った。だが次の瞬間、老中たちが口々に声を上げた。
「うむ、まことあっぱれじゃ!」
「なんと潔いことか!」
広間は温かな笑いに包まれた。
場も華やぎを増したが、翔馬は平伏し、やがて口を開いた。
「将軍様。これで幕が引けたわけではございませぬ。もし予言が正しければ…あと一週間もせぬうちに、富士が噴くやもしれませぬ。」
将軍も老中たちも顔を曇らせる。
「なに……富士が……」
「噂は天からの声だったのか…噴火したらどうなるやら…」
噂の通りの展開になり、もはや噂に異議を申す者はいなかった。
翔馬は静かに頷いた。
「我らは常に災いに備えねばなりませぬ。次の災害は、必ず来るものと覚悟を。地震、噴火、疫病、飢饉台風……常に危険はすぐそこにあるのです。」
ざわざわする老中。そこで再度声をあげる翔馬
「私は、被災地を見て周りました。津波に飲まれ、消滅した集落も何百とあります。心が痛む出来事ですが、冷静に見ると、只今構想中の国土改造計画を上手く復興計画に組み込めば、藩の抵抗も少なく効率的な事業を進行できます。ある意味、不幸中の幸いとも言えます。さすれば、以前にも増して強い国土を作ることができます。災害へも対応できることでしょう。作事奉行と共に国土改造計画を推し進めたいと願っております。」
「利権に配慮しながら、藩の関係者と調整しながら進めるがよい。」
将軍も、場の空気に流されて意見を飲むしかなかった。
その頃、翔馬の不在の屋敷には、日々各藩の使者が訪れていた。
「この度のご助力、藩主に代わり厚く御礼申し上げます。」
「我らが見解は誤っておりました。発明奉行あってこその救済……。」
次々と届けられる感謝の言葉に、屋敷の者たちは胸を熱くした。




