越後屋?服を買いに出かける
翌日、パンツ一丁と白Tシャツで寝ていたら、まだ朝も早いというのに金之助が訪ねてきた。
「まだ寝とるか? ほれ、朝飯を持ってきたぜ。さっき鈴と話してたんだがな、お前さんもそんな妙な格好じゃ外ぁ出られねぇだろ?だから服屋に連れてってやろうって話になったんだ… なんだ?お金?変な心配なんかせずに、さぁ、出かける仕度をしな。」
マジで助かる。夕べ、堂々巡りで解決策が見いだせなかった最初で最大の難問だ。着物がないとただの不審者だからな。この時代の男性は髪をちょんまげにしてるが、俺はサイドを刈り上げたアーミーヘアだ。
この時代は、髪型、特に髷は身分を表し、町民が武士の髷を真似したら駄目だし、武士なのにボサボサ伸ばし放題は不良の浪人として奉行所に捕まってしまうくらいシビアな問題である。
ほぼ全員が、頻繁に登頂を剃り上げていて、月代とも呼ばれている。
髭も同様に無精ひげは見下される。男の最低限エチケットの規律レベルが高すぎる。
このような身だしなみに関しては、21世紀の日本よりかなりうるさい。
特に江戸は流行の最先端。容姿を過剰に取り繕うのはこの時代からあった習慣なんだな。
金之助からそんなことを教えてもらった。
俺は結局、金之助に頼んで剃髪してもらうことにした。元々短髪なので、さほどの抵抗はない。
それよりも、不審に思われないだけの見てくれは重要だ。
尋ねられたら、仏門の身ゆえ…と言い訳すればいい。
呉服屋は商店街にあり、歩いて5分ほどかかる。
その間に、服装で目につきたくなかったので、金之助に羽織りを借りて極力目立たないようにしたのだが… 小さすぎて袖が通らない。羽織を肩にかけて、Tシャツボクサーパンツ一丁で出かけた。
やはり、道行く人々は俺を見上げながらヒソヒソ話してるのはわかる。
普通はスネまである羽織が、俺の場合ちょうど太腿で切れてる。金之助の着物ではこうなるのは仕方ない。
ふんどしの人もいるから、まだふんどしの方が違和感なかったのかもしれない。
現代風に言えば、ミニスカートでパンツチラ見えの大男ってとこか。
そりゃデカい云々の前に変質者だ。
前かがみで恥辱に堪えながら歩いた。
ようやく繁華街の呉服屋についた。
「これが呉服屋か。デカいな。越後屋?あの有名な越後屋?」
時代劇でおなじみの越後屋というのもあり、思わず吹き出してしまった。
「デカくて驚いただろう?この越後屋ってのはなぁ、江戸一番の人気な呉服屋よ。ないものはないくらい反物を多く揃えてるんだぜ。」
余談だが、その日の晩に越後屋をAIに聞いたら、三越の創業企業というのを知り改めて驚き。三井財閥の元となる企業だ。
呉服屋で仕立ててもらったのは町人仕様の羽織りで、それも相場は知らんが、結構いい生地であつらえてもらえたようだ。ようやくこれで外に出られるようになる。
受け取りまでに三日ほどいただくということだった。
帰りもパンツ丸出しはあれなので、店のご厚意で腰巻きの布を安くで売ってもらった。
「金之助さん、ありがとう。この着物はいくらしたんだい?稼げるようになったら、必ずご恩は返します。」
「いいってことよ、こりゃ何かの縁ってやつだ。子孫がよ、未来からやってくるなんて、あっしがおまえさんを導けって神様に言われてるようなもんだろ。それよりよ、小腹が空いてきやしねぇか?こちとら旨ぇ蕎麦屋を知ってんだ。鈴にはナイショでよぉ、ちょいと寄ってこうじゃねぇか。」
「蕎麦いいっすね。俺も大好きです。」
長屋に住む喜八さんがやってる駆け出しの蕎麦屋台だそうで、こうやってたまに寄ってるそうだ。
蕎麦屋台には客はおらず、俺らだけ2人、席に着いた。
メニューは盛りそばの一択。値段は16文。現代の貨幣価値では500円くらいの庶民食だ。
「喜八は腕はいいんだがな。見た目が悪いから客が寄り付かねえのよ。」
と喜八を茶化すが、喜八の目は笑っていない。
「売り上げはどうなのかい?」
「厳しいです。」
肝心の味の方は、現代の蕎麦よりはつなぎが少ないのか、ぼそぼその食感だがそばの香りが強くてこれはこれで美味い。
つなぎのない蕎麦は湯がくと千切れるため、せいろに乗せて蒸して提供される。
ダシは、味噌汁みたいな濃い汁に、ネギや大根おろしが入っている。醤油ベースじゃないのにちょっと驚き。
若干の改良点は見受けられるが、普通にそこそこ美味いし、この時代に来て食ったものでは一番満足感がある。鈴さんには悪いが(笑)
これなら人気が出ても不思議はないが、いかんせん江戸は蕎麦激戦区。現代のラーメン屋がしのぎを削るようなのと同じことが江戸の時代に既に繰り広げられてたんだな。
その日は昼過ぎには帰宅し、ひっそりスマホをソーラー充電しながらダウンロードしていたドキュメンタリーをいくつか見て怠惰に過ごした。
早く変質者から脱出したい。




