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日本を未来へと導く者 ~陸上自衛官、江戸に立つ  作者: はぐれ火星人
江戸、成り上がりの章

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海路・鉄路の整備

新たに雇い入れた船員たちは、ほとんどが廻船上がりの海の男たちだった。彼らに翔馬は、蒸気機関の教育、海図の読み方、コンパスの使い方、潮流の見方、星読み、風向きの判断など、現代では当たり前のことを江戸時代風に解説していった。


「まず、ここが江戸湾、こっちは大坂湾。潮の満ち引き、風の向きで船の進む速度が変わる。これを無視して進むと、航海日数が倍になりかねん。」


「なるほど。昔の俺たちなら、海流も風も勘で読むしかなかったからな。」と一人の船頭が頷く。


翔馬は、実際に資材を輸入する産地まで航行させるため、研修を数週間に渡り行い、2隻体制での運航に慣れさせていった。当初は蒸気船の運航経験がないため、舵取りやエンジン管理も手探りだが、みるみるうちに慣れていく。


幕府は、前年一年の功績を称し、約束通り翔馬の役職を昇進させ、さらに予算を前年の3倍以上に当たる十万両(約12億円)に増額した。

販売している農機具が絶好調で、一年経っても引く手あまたの状態で、幕府も予想以上の収入が入ることにより上機嫌だ。


これにより、農機具改良は継続しつつ、今年は海運効率化にも着手できる。定型コンテナや車輪付き台車を作り、港から港への輸送時間を大幅に短縮する計画だ。

幕府からは、来年の課題として、徴税に関しての米や資材の輸送の利便性の改善を指摘された。


ここで、翔馬は幕府と藩の関係性を改めて意識した。江戸時代の幕府は、各藩を強くさせないよう、藩の物流や軍備の自由度を制限していた。

人民の利便性の向上よりも、「幕府の利益」米や資源を江戸に効率的に運ばせ、幕府に利益が還元されることにしか興味がない。街道の整備は、民のためではなく徴税や輸送に必要な範囲だけに限られる。だから防衛観点からわざと道を蛇行させたり、険しく狭い場所も無数に存在する。強力な交通網を民間のために広げることは、幕府にとって歓迎されないのだ。


「つまり、民の利便性を押し出すと怒られる。しかし、幕府の利益のためなら何でもやれる。」

翔馬は、自らの計画書にこう書き込み、策略を練った。


「よし、こうしよう。各藩の表玄関となる港湾を整備する。そして、藩内の主要地と鉄道輸送網で結び、米や資源を江戸へ運ばせる。この整備はあくまで“幕府の利益のため”と説明すれば、文句は出ないはず。」


この詭弁が功を奏し、将軍を上手く丸め込むことができた。


翔馬の計画は現実味を帯びる。江戸川沿いの工場や港湾設備も、蒸気船の到着を想定して整備しつつ、陸上輸送の効率化草案を同時に作成した。


幕府からは、来年中に蒸気機関車を形にしてみせろと命をもらった。翔馬は、これを単なる技術の見せ場ではなく、将来の物流改革の前段階として位置づける。各藩の反感を抑えつつ、民間の利便性も徐々に改善できる策だ。


「民のためではない、あくまで幕府のため」と繰り返す翔馬の言葉に、側近たちは苦笑しつつも、その巧みさに舌を巻いた。


こうして、海上・陸上双方での輸送網整備が始まった。航路や港湾、そして陸上の台車やコンテナまでを含めた全体像は、当時の技術水準を大きく超えつつも、幕府の意向に沿った形で計画されることになったのだった。


ーーー


未来館の講堂に、各藩から文官や役人が招かれた。机には翔馬が作成した海運・陸上輸送草案のコピーが置かれている。『国土改造計画』藩士たちは、夏の教育機関の授業に不満を漏らしていた長州、島津、土佐を中心に、少し険しい顔つきで座っていた。


翔馬はにこやかに立ち上がり、静かに口を開く。

「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます。今日は、我々が進めている海上・陸上輸送の整備計画について、詳細をご説明いたします。」


島津藩の若手役人が腕を組み、すぐに口を開いた。


「未来館だけが技術を独占すると聞いているが、なぜそんな大掛かりなことを始めるのか。我らの藩には何の益もないではないか。」


翔馬は軽く笑い、資料を指さす。

「もちろん、技術的なものは我が未来館が独占します。しかし、開示できる技術については、見極めつつ全国に普及させていくつもりです。各港の表玄関を整備し、そこまでの輸送網を整えることで、米や資源を江戸へ送る効率が上がります。これはあくまで“幕府の利益のため”です。逆に、江戸の物産を各藩へ送ることも可能になります。その副産物として、住民の利便性が良くなることもあるでしょうが。」


長州藩の文官吉田が眉をひそめる。

「うちの石灰石が将来金になると言ったではないか。お主の江戸での商売の下準備に過ぎぬのではないか。」


翔馬は地図を掲げ、港湾と仮設輸送網のルートを指し示した。


「長州藩が先々商売が成功するのも、島津藩や土佐藩が地場の強みで商売するのも、すべて輸送にかかっています。実際あなた方が、山奥で採取した資源を大量に輸送できますか?私どもの船であれば、日本中に一度に1万石もの荷物を送れます。それも鹿児島まで2日、大坂なら1日。それが何を意味するか、みなさんなら理解できるでしょう。」


皆がバカバカしいと姿勢を崩す。


「おいげぇ(我の地)まで二日なんて常識外れすぎやが。できるわけなかっ!薩摩ずいどんだけ遠いか知らんだろうが。」


「皆さん、ちょっと外に出てみませんか?ちょうど蒸気船が試験航海から帰ってきたところです。」


渋々外に出るやる気のない人達。


「ぶぉぉぉぉお!」

聞いたこともないような大きな音に一同驚く。

沖合いでは、先日完成した蒸気船がゆっくりとこちらに向かってきている。


「なんだ?あの大きな船は… 帆もないぞ…」

皆、あんぐりとしてただ見つめている。


「御覧になりましたか?あれが、次世代の輸送船です。荒波でも風がなくても進み、積荷は大きい廻船の15隻分以上は積めます。あれが鹿児島まで2日で行き来できるのです。既に実現しているのです。信じてもらえましたでしょうか?」


ーーー


接岸までじっくり観察し、艦内の説明まで受けて、皆興奮でいきり立っている。

落ち着いてから講堂にて再開。


土佐藩の役人が口を尖らせる。

「しかし、鉄道だとか蒸気船だとか、民の利便性を過剰に押し出すと、幕府が嫌がるはずだ。」


翔馬は軽くうなずく。

「ごもっともです。だから、あくまで『幕府の利益』を前面に押し出すことで事業の認可を得ました。民間の便益は二次的な効果に過ぎません。表向きは“幕府のため”です。船舶の500石制限も、当大江戸未来館に限られるものの、一時撤廃で巨船の建造が可能になりました。私の思惑がどこにあるのかは、ご想像におまかせします。」


…フフフ

周囲の何かを悟ったような笑いが場を少し和らげた。

そこで、翔馬は一枚の図面を広げた。


「さらに、来年中には未来館敷地内にて、蒸気機関車の試験運用を行います。これはあくまで域内線路にての試験走行ですが。参考になるはずです。」


長州藩の役人が眉を上げる。


「試験運用とは何だ? 全国で使えるわけではないのか?」


翔馬は笑顔を崩さず答える。

「ええ、まだ機関車自体が完成していません。試作にあと一年ほどかかります。しかし、これを見せることで、江戸の官民に安全性や運用性を理解してもらえる。これが我々の第一歩です。」


島津藩の伊集院が小さくため息をつく。


「なるほど、理にはかなっちょるけど、どうにも納得しきれぬ。バカバカしい気もする。そもそも金は幕府が払うんだろうな?」

翔馬は肩をすくめてにっこり笑う。


「この計画に関しては、私は複数段階計画で推し進めていきます。まずは藩内の主要地を繋ぎ、次にその先の枝葉を広げていきます。莫大な資金が必要になりますが、ある程度は藩にも負担を強いる形になります。」


「やっぱぃ馬鹿馬鹿しいがな!利益は幕府が持っていくのになんで藩が負担せんないかんとか?間違っちょっどが。」


「ごもっともです。しかし、その機関車に客室を設けられるとしたらどうでしょうか?客がお金を払って機関車に乗る。客がお金を払って荷を運ぶ、その集まったお金は結果として藩の財布に落ちるというわけです。」


「ふむ…」


「薩摩であれば、鹿児島から国分や指宿、あなた様の出身の伊集院までどのくらいかかりますか?半日?それとも1日?2日?機関車であれば、半刻もいりませぬ。人々の往来が増え、必ず経済は活性化いたします。」


そして付け加える。

「そして……幕府の役人としてではなく、私個人の気持ちとしてはですが、各藩が潤わずにしてこの国の繁栄はないと思っております。となると、おわかりでしょう。各藩は強みを持っており、また眠った資源を持っています。これを生かすのがこの計画だと思っています。」


会場には一瞬の静寂が流れる。各藩の面々は、文句を言いながらも、内心では計画の合理性に気づき始めていた。翔馬の巧みな言葉と策略が、少しずつ反感を緩和していく。


「わかりました、その時はまずは未来館での機関車の試験運用を見せてもらおう。」

「一応、納得しました。」

藩士たちは表情こそ険しいものの、資料を手に取り、席を立つ。翔馬は、微笑みながら彼らの背を見送った。


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