閑話:未来からの警告
翔馬は、江戸に戻る度に極秘裏に行っていたことがある。
「再来年の10月4日、東海道から紀伊、四国、九州に至るまで、巨大な地震が起き津波に流される。揺れたらすぐ山に登れ。そして49日後には富士が大噴火し、周囲は灰で埋もれる。周辺の民は逃げろ。」
版画ビラを大量に作り、こっそり路上に配布していた。
特に東海道沿いや四国、九州東岸の藩屋敷周辺には、わざと当事者の目に留まるように落として回った。翔馬は、未来を知る者としての責任感に突き動かされていた。
そんな状況で必ず会いたい人がいた。甲州藩の徳川家宣。
藩邸に伺うと、応接間に案内された。彼は当時44歳で、一度は綱吉との争いで敗れ、将軍の座を逃してしまった哀愁漂う中年男性だったが、他に目ぼしい跡取りがおらず、昨年末に次期将軍の候補として綱吉の養子になったところだ。
俺は知っている。将来は徳川将軍家を継ぐことになる。父は甲府藩主・徳川綱重。
そして就任してほんの3年も経たずして、風邪をこじらせて亡くなっている。
インフルからの肺炎ではないかと現代では考察されていたりする。
その後、就任してすぐに生まれた息子の家継が後を継ぐのだが、まだ数え年4歳で就任。
周囲の権力抗争に揉まれながら、息子も風邪をこじらせ8歳で亡くなる。これにより将軍家の直系血筋は途絶え、親戚である御三家が治めることになる。
俺がこの世で影響力を強めるためには、家宣を籠絡して、直径徳川家の中枢に入り込む必要がある。息子の家継を導く立場をどうしても得たい。
ーーー
家宣は、すでに翔馬のことは江戸での評判を通じて耳にしていた。
「発明奉行の天礎翔馬か。江戸でも話題になっておる。さて、なぜ我に会いに来たのか?」
翔馬は深く頭を下げ、落ち着いた声で答える。
「甲州藩主様、私は発明奉行として事業に励んでおります。しかし、本日お目通りをお願いしたのは、藩や民の安全に関わる『大事な』お話がございます。人払いをお願いできませんでしょうか。」
家宣は眉をひそめた。「うむ……家老たちも同席が決まりなのだが…」
しばらくの間の後、お付きの者は全員部屋を出て行った。
翔馬は頷き、応接間には二人きりになった。
「それで……どのような話かね?」少し笑みを浮かべつつも、目は真剣だった。
翔馬は紙袋から小さな紙片を取り出した。
「これです。内容は、再来年10月4日に東海道から九州沿岸にかけて大きな揺れが襲い、津波が来ること、その後49日で富士山が噴火することです。」
家宣は紙を手に取り、鼻で笑った。
「知っておるぞ。ただの噂ではないか。それをわざわざ藩主に知らせる理由は?」
翔馬は真剣な目で答える。
「噂ではありません。これは事実、起こることです。」
「……なぜ、お前にわかるのだ?」家宣の声が少し強くなる。
翔馬は低く息をつき、慎重に話す。
「どうか誰にも言わないでください……私は今まで誰にも話しておりません。私は実は未来から来た者です。現代より三百年以上先の世界から、この時代にやって参りました。」
家宣は目を見開く。
「……は?」
「私がここで発明を行えるのも、未来から持ち込んだ知識のおかげです。」翔馬はスマホを取り出し、顔と指紋で起動する仕組みを説明した上で、撮りためていた自衛隊ドキュメントの動画を上げる。
「これが、300年後の江戸にございます。」
画面には、所狭しと並ぶ摩天楼と、中央には見覚えのある江戸城の城郭。
街を歩く奇抜な格好の男女、道には鉄の車が走る。
「こ、こ、こ、これは何なのじゃ!」
画面が変わり、海自の最近就航した45000トン飛龍級強襲揚陸艦と、甲板から垂直に発着する戦闘機F-35Bの映像と護衛艦から発射される対空ミサイル。
「これが未来の国軍にございます。300年後は、宇宙までもが戦場になります。日本は鎖国をやめて200年足らず、外国勢力に国土を焼き払われたこともありますが、結果として繁栄はしております…が、私がこちらに来る直前も新たな脅威により国家存続の危機に陥っておりました。その戦闘にて私は命を失い、不思議なことに、この世に転生してきたというわけです。私には、この国を導く使命があります。」
放心状態の家宣を尻目に、AIを起動する。
「宝永の大地震と富士山噴火について教えて」
機械から女の声が響き、津波、地震、噴火による被害が詳細に説明される。江戸や周辺諸藩の被害状況、避難できない民の惨状も告げられた。
家宣は顔色を変え、血の気が引いた。
「な……なぜ我に伝える?」
翔馬は深く頭を下げる。
「あなたは将来、徳川将軍家を継がれます。歴史が変わっては困るのでこれ以上は申し上げられません。ただ、順風満帆とは…(言葉を飲む) 今夜の件は絶対に口外してはいけません。しかし、詳しくは述べられませんが、あなた様が危機の際には必ず私が助けに参ります。ぜひあなた様を後ろ支えさせていただきたい所存にございます。」
家宣は沈黙し、思案の表情を浮かべる。
「うぬ。信じる。ただ、この災害の前には、人は無力じゃ。甲府藩は耕地が埋まることはあれど、致命的な被害は避けられる。だが隣の小田原藩が壊滅するとはのう…」
翔馬は静かに頷いた。
「それゆえ、この警告は必要なのです。信じるかどうかはお任せしますが、準備だけはしていただきたい。」
綱豊は深く息をつき、紙片を握り締めた。
「……わかった。お前の言うことは忘れぬ。将来、必ず役立てる。」
翔馬は微笑み、軽く頭を下げる。
「ありがとうございます、家宣様。後は、私にお任せください。」
こうして翔馬と未来の将軍との間に、歴史を守るための小さな約束が交わされたのである。




