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日本を未来へと導く者 ~陸上自衛官、江戸に立つ  作者: はぐれ火星人
江戸、成り上がりの章

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目覚め

どれだけ寝てたのだろうか。明らかに意識は一度途切れていたはずなのだが、声が聞こえて我に返った。

淡い光輪の中で見知らぬ老人と話していた。


「天礎家は、先祖代々この日出る国のいしずえとなるよう歴史を導いてきた。ずっとじゃ。翔馬よ。お前もまだやるべきことがある。天礎家の者として、この国を輝きある未来へ導け… それがこの時代に生きたお前の使命じゃ。そうじゃ、この世で困らぬよう、少しばかりの餞別をお主に授けておく。頑張るのじゃ…」


脳内のモヤが晴れ、急に現実に戻された。

俺はまだ生きてるのか?ケガはどうなった?死んだよな、確かに。

気持ちが暴走しかけた時に現実に戻された。


・・・・・


「おめぇさん、何してんだ?」

若い出っ歯の男が俺の顔を覗き込んでいる。

時代劇の庶民のような恰好をした人達が、俺の周囲をぐるっと囲んでいる。


俺は背のう(リュック)を下敷きにして小銃を抱いたまま寝ていたようだ。


状況が把握できずにキョロキョロしている俺を見て、

「へぇ、異国の方かい?そりゃまた洒落たなりしてやがんなぁ」


しきりに話しかけてくる俺と同じ歳くらいの出っ歯の男に聞いてみた。

「戦局は?ここは与那国ですよね?」


周囲は相変わらずざわざわ。


「戦局?与那国?与那国とは何のことだ?こちとら墨田ですぞ」


え?墨田?周りを見渡すと、平屋の長屋が連なり、川の向こうに荘厳な武家屋敷の街区が見える。

時代劇で見た江戸の街並みの雰囲気そのものだ。


…しばし頭が混乱した。


「ここは東京ってことですか?」


「東京は知らんが、ここは天下の江戸でござんす。お前さん、何寝ぼけてるんだい?」


江戸語はもっと崩れた話し方だと思っていたが、不思議と現代とあまり変わらない。

そして、俺の言葉も普通に伝わっている。


「今は何年ですか?」


「宝永元年って決まってるだろうが、頭でも打って阿呆になったのかい?」


「西暦で何年かわかりますか?」


「西暦って知っとるかい?」

出っ歯は周囲の人にキョロキョロして尋ねているが、誰も知っている様子はない。


「この田舎もんは、暦も知らねぇでやんの。どこの国から来たんだい?」


「東京、墨田の生まれです。」


「墨田?んなわけあるかい!俺は先祖代々ここに暮らしてるが、お前みたいな男は見た事ないぞ。そもそも東京って何だ?東京って(笑)」


周囲は爆笑してる中、俺だけは落ち着いていた。

宝永という時代の名前は知っている。しかし、勉強を疎かにしていたので、いったいいつの話なのかわからない。江戸と呼ばれる街…東京が開発されてるから、江戸時代以降であるのは間違いない。


「…俺はタイムスリップしたのか?」

そう脳内でつぶやき、確認するように周囲を見渡し、状況を整理する。

確かに江戸時代と言われたら違和感のない世界だ。


背のうを下にして路上で寝転がっていたみたいだが、体を見ると、バラバラになったはずなのにケガひとつしていない。

出動時に装備していた戦闘服、20式小銃、拳銃、手りゅう弾、弾倉、サバイバルナイフ…

そして食料や私物の入っているリュックも背中にからっている。


ゆっくり起き上がった。


事実、俺は墨田の生まれだ。生まれ育った町なのに知ってる風景も道もなにもない。全くの別世界だ。

ただ、視界に入った鰻屋の名前が俺のよく知ってるものだ。

子供の頃からご近所付き合いの柳屋さんの看板を見て、思わず声を上げた。


「あ、柳屋?柳屋だ!」

…宝永がいつなのか知らんけど、実家に転移してきたんだ。実家に帰りたいと願っていたからか?


「おぉ、あんた柳屋を知ってるんかい。ここいらで一番うまいと評判の鰻屋ですよ。んで、私はここに住んでるもんで、香りで毎日腹が鳴ってしょーがねぇんですよ」


笑いながら指さした先は、鰻屋との位置関係から推測するに、俺の実家があったであろう場所である。


「もしかして、天礎さんって知ってますか?この辺りに住んでますか?俺は天礎翔馬といいます。」

リュックにつけている名前タグを見せて出っ歯に聞いてみた。


目を丸くして、出っ歯はタグの名前を凝視していた。

「こりゃたまげた。確かにあっしは天礎でござんすが、名字は公表してねぇもんで、知ってるのは役所くらいのもんでしょう。で、何だい?お前さんは、私の親戚か何かでかい?」


この時代では、名字を名乗れるのは武士階級以上だけとされていたので、平民は名字を使わず、「桶屋の佐助と申す」「山田村の百姓、又兵衛でやんす」というふうに、属性とセットで下の名前を紹介するのが慣習化していた。


「詳しくは家で話してもいいですか?ここは人が多いもんで」

本能的に、やじ馬の視線から逃げたいと感じていた。


「もちろんでござんすよ。おい、鈴!わっしの親戚だっちゅうやつが訪ねてきたでやんす。お茶を沸かしな!」


家の戸を半間開けて状況を窺っていた女性が「へい!今すぐ」と返事すると、出っ歯に手を引かれながら家に案内された。


家は戸を開けると狭い土間があり、そこで煮炊きをするであろう厨房になっていた。

小上がりで靴を脱ぎ、ふすまを開けると4畳半ほどの部屋と奥にも寝室の部屋があるらしい。


風呂もトイレも見当たらない。恐らくトイレは、長屋の端で見かけた公衆便所でやっているのだろう。


ーーー


暖かくもてなしてもらい、出っ歯が天礎金之助だというのを知った。

俺の2歳年下の24歳。結婚して3年でまだ子供を授かれてないそうだ。


この世界では頼れる人がいない。明らかに異質な俺を匿ってくれる協力者が必要だ。

世間話で金之助は信用に値する善人の類だと判断し、事の顛末を洗いざらい話した。

そして、絶対に秘密にしてもらうように念を押した。俺はフル装備の21世紀の兵士だ。興味本位で近づく者とのトラブルを避けたい。

奥さんの鈴さんは、ちょっと遠巻きに正座しているが、ところどころ頷きながら耳を傾けている。


最初は半信半疑で話を聞いていたものの、身に着けているダイバーズウオッチと無線機を見せてみたら仰天していた。そこで、未来から来たという状況を徐々に受け入れた感じだ。


「それにしても、未来の日本人っちゅうのは、そんなにでけぇもんですかい?お前さんみてぇな大男には会ったことねぇでやんす。相撲取りよりもでけぇんじゃねぇのかい?」


それもそのはず。俺は現代日本でも大柄の方で、188cmある。高校までは柔道、入隊してからは、新格闘と呼ばれる自衛隊格闘術に熱中し、体の強さには自信がある。


金之助は恐らく155センチくらいしかない。奥さんの鈴さんは、小学校高学年くらいの体格だ。

路上で取り巻いていた人達も、大柄な人でも160センチ前半ってとこか。

ガリバー旅行記のような異世界に来た感覚に拍車をかける。


日が傾き出し、外は柳屋のしょうゆの焦げたいい香りがし始める。

鰻を食いたいと思ったが、何しろ鰻は高級食らしく、庶民にとっては滅多に食べられないご馳走らしい。俺は一銭ももたない金欠だ。お預けだ。匂いだけで我慢。


この世界でどうやって生きて行けばいいのか。金之助に相談すると、長屋の隣家が空いてるから、しばらくはそこで寝泊まりしながら仕事を探せばいいとアドバイスをもらった。

家賃は生計が立つまで支払わなくていいとご厚意をいただいた。

その分、頼みがあるときは聞いてくれよな…っと。当然恩は返す予定だ。


話を聞くと、金之助はこの長屋の家守やもりと呼ばれる管理人だそうだ。

地主に雇われて貸家の保守をする仕事だ。住民から家賃を徴収して地主さんに届けたり、住民同士のトラブルの仲裁をしたり、様子を見て回り相談に乗ったり、それなりに人望のある人しか任せられない仕事らしい。

現代の感覚で表現するとなれば、雇われ大家ってとこか。

天礎一族は、江戸に遷都してから代々この近辺で家守の職を引き継いできたそうだ。


この日は、外に出るわけでもなく、海藻の味噌汁と浅漬け、小魚を炙ったもの、馬鹿盛りの玄米の冷や飯をいただいてから新居で床に就いた。

4畳半ひと間と小さい土間。思わず心の中で叫んだ。「せまっ!」


「ご飯だよ~」鈴さんはクリクリっとした小さい女性で愛想がよく、丁寧にもてなしてくれる。

毎日2食食べさせてくれるが、申し訳ないがどれもお世辞にも美味いとはいえない。

というか、現代人の舌が肥えすぎているのだろう。多分これが世間一般の味付けなのだと考えを補正するようにした。贅沢は言えない立場なので、感謝しながらいただいている。


リュックに入っている戦闘レーションが頭に浮かんだが、これは非常時にとっておくとする。


とりあえずゴザを敷いてゴロンと横になった。



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