閑話「蝦夷の風」
江戸の町を歩いていたある日のこと。
商店街の一角が、やけに人だかりでざわついている。近づいてみると、色鮮やかな衣装に身を包んだ人々が、昆布や鮭のルイベ、毛皮、細工の施された木彫りを並べているのが見えた。
「おお、これは……アイヌの物産展か」
思わず声に出すと、横に控えていた黒傘をかぶった数人の武士がこちらを見た。
「あなたさまは……」
「松前藩の者にござる。参勤交代の折に、北前船にて蝦夷地の品を運び、こうして江戸にて商いをいたしておるのだ」
俺は一礼した。
「ご苦労さまです。珍しいものが多く、見ていて飽きませんな。わたしはこのルイベに目が無くって…」
武士が微笑みめにうなずくのを横目に、俺はアイヌの一団へと目を向けた。鮮やかな刺繍を施した衣を着た男や女が、興味深げに行き交う江戸の人々を眺めている。
21世紀では、同化がすすんだため、純粋なアイヌ文化はほとんど絶滅したと言っても過言ではない。
しかし、目前には、教科書でしか見たことないような墨を入れた独特の衣装のアイヌがいる。
顔つきも彫が深く、ひと目で和人とは違う顔つきだとわかる。
この生きる歴史を見て、血が騒がないわけがない。
「こんにちは」
軽く声をかけてみると、次の瞬間、アイヌ全員の視線が一斉に俺に向いた。
「……あなた、日本語わかる?いや、ちがう……」
「おぉ! アイヌイタㇰ(アイヌ語)!」
驚いたように返ってきた言葉は、紛れもなくアイヌ語だった。
「……え、しゃべれるのか?」
「少しな。あなたたちはどこの村から来た?」
「シトセの近く、オルタㇻペ(仮名:意訳すると“谷間の泉の村”)」
リーダーらしき男が答えた。俺と同じくらいの年頃、小柄だが目力のある男で、濃い髭と深い彫りの顔立ちが印象的だった。
「俺は翔馬。昔、サッポロにいたことがある。シトセ(千歳)の村の名も知っているぞ」
実際、札幌の真駒内駐屯地に異動になったことがある。その後も、訓練などで何度も北海道には行っている。300年後の世界だけどな。
「サッポロ……お前、そこを知っているのか!」
アイヌ達は一斉に歓声を上げ、笑顔を見せた。
リーダーは誇らしげに胸を張る。
「俺はカムイチェプ(“神の魚”の意)。この村の代表として江戸まで来た。まさか、ここで我らの言葉を話す者と会うとは思わなかった」
「カムイチェプか。いい名だな」
談笑していると、背後から松前藩の武士が訝しげに声をかけてきた。
「おぬし……なぜアイヌの言葉を解する?」
「まあ、若い頃に世界を周ったものでな。旅の中で耳にした言葉だ」
にやりと笑ってごまかす。
武士は首をかしげながらも、それ以上は詮索してこなかった。
カムイチェㇷ゚は俺の腕を掴み、小声で言った。
「翔馬、いつか蝦夷に来るといい。オルタㇻペの者たちは、お前を歓迎する」
「その時は必ず行くさ。約束しよう」
いい出会いだった。俺の自動翻訳は本当に機能していたことを再認識した。
いつのことになるのかは知らないが、翔馬の野望の一端を思い出させるいい機会だった。
俺は、昆布やルイベ、塩漬け鮭を買い込み、いろんな料理と酒を想像しながらニヤニヤ急ぎ足で帰った。
その日の晩は、長屋で盛大に鮭祭りをして盛り上がった。
北海道最高!




