ある日突然にやってくる
接見の後、俺は岡部氏の荷下ろしの職をやめた。
手間賃含めた褒章で50両(600万円)いただいたってのもあるが、発明に没頭する時間が惜しいのが本音だ。
俺はようやく、毎日食欲を掻き立ててやまなかった鰻を食えるだけの財力を得た。金之助と鈴に声をかけ、鰻の蒲焼きをご馳走していた。
ひとり現代価値で3000円。うなぎの味だけは、21世紀と変わらない。
毎日恨めしそうに眺めていた柳屋のうなぎだ。気持ちが上がらないわけがない。
少し甘みの足りないしょうゆダレで焼き上げる。
周囲は香ばしい匂いにつつまれる。
「翔馬兄、こんな上等なの、ほんとにいいんですかい?」
「いいんですよ。ちょっと小金も入ったしね。いつもの感謝と先日の迷惑かけたお詫びですよ。」
本来酒は提供していないのだが、店主に了解を得て部屋からどぶろく酒をもってきた。
そんな感じで昼酒を楽しんでいる時、高野がやってきた。
「やぁ高野さん、俺のおごりで一杯どう?鰻うまいよ~」
きっちり袴姿の高野が息を整え姿勢を正す。
「それどころではあらぬぞ!翔馬どの、今日は大事な知らせをもってきた。将軍様じきじきの書状だ。」
俺はパッと酔いが醒め、書状に目を通した。
「再び謁見の間を設ける。岡部・高野・吉村も同道せよ。」
ーーー
数日後、再び江戸城の大広間。
畳敷きの広間に列座する老中たち、その最奥には将軍・綱吉公が威儀正しく座していた。俺は一歩進み出て、深々と頭を下げる。
「先日の発明品披露の場、ご苦労であった。結論から申すが、翔馬。汝の才は、この幕府に新たな風を吹き込むに足るものと見た。ここに、新たに『発明奉行』を設け、その長を命ずる」
広間にざわめきが走る。
「なにゆえ平民を…」「奉行職に直参でない者を…」と老中たちが顔を見合わせ、ひそひそとささやく。驚きに口をあんぐり開けた者もいる。
ただ一人、秋元氏は静かにうなずき、口元に笑みを浮かべていた。まるで「やはりそうなったか」と言いたげな誇らしい眼差しで、俺を見守っていた。
将軍の言葉は続く。
「加えて、汝を旗本に取り立て、御目見以上とする。直参の身分を与え、他の奉行より一段高き立場でこの役を遂行せよ」
俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。平民から旗本へ…想像すらしなかった道を、将軍自らが開いてくださった。
ー旗本とは、現代で例えるのであれば官僚エリート。それも、翔馬が任されたのは、将軍に直接面会できる地位の高い部類となる。
綱吉公は、傍らに控える三人に目を向けた。
「岡部・高野・吉村……汝ら三人、翔馬を見出し、支え続けてきた労は実に大きい。その功を認め、上級武士として取り立てる」
三人は驚きのあまり声を失い、額を畳に擦りつけるように平伏した。
「これよりは発明奉行の配下として翔馬を支え、尽力せよ。汝らの働きは、この国の行く末をも左右することになろう」
岡部は「ほんまかいな…」と関西訛りを震わせながらも必死に礼を言い、高野はきっちり背筋を伸ばして「恐悦至極にございます」と答えた。吉村は涙目になりながら「わ、わしなんかで…」と口ごもり、広間に思わず和やかな空気が流れる。
将軍は声を引き締め、さらに言葉を重ねた。
「翔馬よ。汝の希望を叶えるには、どのくらいの土地が必要か?」
「ひとつの町がすっぽり入るくらいは必要になるかと存じます。」
周囲はざわめいたが、しばし将軍は考えた後に口を開く。
「江戸川の浜沿い四十万坪を下賜する。そこに研究所を築き発明を進めよ。ただし…一年以内に、必ずや形ある成果を示せ。果たせば従五位下・侍従に任ずる。果たせぬなら、この奉行は廃し、汝らの身分も元に戻す」
再び広間は静まり返る。
俺は胸の底からこみ上げる熱を抑えつつ、額を畳に叩きつけるように深く頭を下げた。
「この命、必ずや果たしてみせます」
老中たちは未だ驚きと困惑を隠せずにいたが、秋元氏だけは静かにうなずき、目を細めながら笑みをたたえていた。
こうして俺は、平民から旗本となり、新たな「発明奉行」として時代を切り開く立場を与えられたのだった。




