実演の刻
江戸城本丸、大広間。将軍徳川綱吉を正面に据え、左右にはずらりと老中たちが列をなし、あぐらをかいて座していた。広い畳の間には緊張と荘厳な空気が満ち、拝謁に臨む者の心を自然と引き締める。
秋元喬知の案内で通された翔馬は、深く一礼し、堂々とした足取りで中央に進み出る。大柄でありながらも上品な所作に、老中の何人かが思わず「ほう」と小声を漏らす。
「面を上げよ」
綱吉の声が響くと、一同は顔を上げ、静かに挨拶した。
まずは老中 秋元氏への取り次ぎの礼を述べた後、米に関する三つの道具を披露する。脱穀の効率を飛躍的に高める仕組み、籾摺りを容易にする工夫、精米を均一に仕上げる仕掛け。それらを一つずつ説明すると、老中たちは自然と身を乗り出し、互いに顔を見合わせて「これは役立つ」と囁き合った。
アシスタントの岡部・高野・吉村は、手際よく商品を運搬する。
次に取り出したのは庶民用のツーバイフォー小型住宅の模型…と言っても、まだ基礎しかできていない。
建築の工程をイチから見せるために、その場でモジュールを組み立てて建築の簡易さを理解してもらおうという魂胆だ。
壁パネルを手際よく組み立て、屋根をつけた時点で、「仕上がりはこうなります」と壁の化粧や造作が終わった模型を別に出すと、皆興味津々に覗き込む。
家は、ありきたりな4畳半ではなく、12畳。そして寝室も別にとってある。土間も広めだ。
「ここまでの工程で、最速2週間で建築可能です。地震や大火事の後、復旧事業に役に立つはずです。」
断熱や耐久の仕組みまで説明すると、今度は武家の誰もが真剣な眼差しになった。
「二週間とな!それでいて……災害に強き住まいか」
「同じ規格で大量に建てられるとなれば、町づくりに役立とう」
次に取り出したのは望遠鏡。この日は幸い晴天であった。
「こちらをご覧いただきたく存じます」
翔馬が障子を開け、江戸城の高殿から南西を指し示す。老中の一人が望遠鏡を覗くと、思わず声を上げた。
「おお……あれは富士か!富士が、かくも近くに!」
次々に老中が我も我もと覗き込み、童子のように歓声を上げる姿に、綱吉も口元に笑みを浮かべた。
「こちらは望遠鏡と名付けた道具にございます。今回は40倍の倍率に作ってあります。技術精度が上がれば、さらに100倍、200倍も可能になることでしょう。天文学もさることながら、軍事にも十分応用できる技術にございます。」
だが、綱吉はしばし考え込み、口を開いた。
「面白い発想だ。幕府として取り合ってもよいが……秋元から聞いた三つの要望、すなわち、
一、幕府主導の発明機関
二、後身の育成
三、奉行所を横断する新たな部署と各藩への普及。
これらを聞き入れるほどの理由には、未だ足りぬ」
広間に重苦しい空気が流れる。翔馬は深く一礼し、静かに告げた。
「では……真にお見せしたいものを最後に御覧ください」
「真にだと?」
その場の全員が固唾を飲む。
最後の木箱が開かれる。現れたのは、奇妙な形の金属板を組み合わせたパラボラと、精巧な小型の機械。それと、タンクを備えた機械。蒸気機関だ。
これが本来の目的だったのだが、この時代に外燃機関の概念の触りだけでも教えてもいいかと思っていた。これが一番インパクトがあり、想像力をかきたてる存在だろう。
俺の夢にも十分関わってくる。
史実では、イギリスが初の蒸気機関を発明するのは1712年と、今より7年後である。
そこから改良を重ね、船や自動車が登場しだすのは100年後の話である。
時代としては同時期にあたるので、仮に産業革命が日本で起きたとしても辻褄は合う…とはいえ、実際に日本が蒸気機関に触れたのは、有名なペリー提督の黒船が最初になる。今から150年後の出来事だ。このインパクトは歴史に計り知れない効果を与えるであろう。
パラボラ集光で動く小型のスターリングエンジンと別に蒸気機関の模型を作り、熱源と運動の変換の原理を実証できるようにしていた。
翔馬はまず蒸気機関の火床の油に火を灯すと、沸騰して圧が上がるまでの間、スターリング機関の説明に入る。
パラボラを太陽の方向へ向け、金属の筒に集光すると、物凄い勢いでピストンが作動し始め、それによって動力を得た軸が回りだした。
目にも留まらぬ回転数でけたたましく動く機械を目前にして
「ほう?なんだこれは?」と皆興味津々な様子。
次に蒸気機関のボイラーが十分熱せられてきた頃を見計らって翔馬がバルブを開くと、シューッと白煙を上げて小さな車輪を回転させた。
老中たちは目を丸くし、何に使うものか見当がつかず顔を見合わせる。
「これは……何の役に立つのだ?」
翔馬は深く息を吸い、未来の一端を語り始めた。
「これは、それぞれ熱を力に変える仕組みでございます。蒸気機関、これを大きくすれば…」
・海を渡る大船に据え、風に頼らずとも自在に進む蒸気船に。
・陸では、無数の荷を運ぶ車輪付きの機関車や自動車に。
・鉱山では水を汲み上げる動力に、工房では槌を打ち、機を折り続ける力に。
・田畑では水車に代わり、灌漑を自在に操る動力に。
ひとつひとつ具体的な例を挙げるたびに、老中たちの表情が驚愕から確信へと変わっていく。
「……船が、風なくとも進むだと?」
「ええ、計算では、将来的には2町(220m)の大きさで半刻に7里(時速28km)は進める大型船が作れるはずです。一度で廻船の数十隻分を運ぶ海の主役になりましょうぞ。」
「車輪の車が、馬を使わずに走る……?」
「ええ、街道の整備と一体になりますが、町と町を”自動車”で繋ぐのは十分可能で一番実現に近いものです。」
「機関車とは何ぞ?」
「鉄で軌道をつくり、その上を蒸気の力で進む機関車が走るのです。人の移動や物の流通が活性化されて、必ずや経済に役立つと存じます。また、遠くの産地から新鮮なうちに農産物を運搬することが可能になります。」
「ほぅ……」 みな中空を凝視し、空想にふけっているのがわかる。
綱吉も身を乗り出し、低く呟いた。
「今回お見せした農機具以外のものは、ここひと月の間に作り上げました。私の発想を実際の形に変えるために、私ひとりの力では遠く及びません。もっと仲間がいれば、より精工で大きなものも作成可能になりましょう。おこがましくも、幕府に力添えをいただいた上で、発明品を、よりよい国造りのために役立てていただきたいと存じます。私の発明は、民生に限らず、軍事にも必ずやお役に立つと確信しております。」
「ほう、そなたの知恵があれば、天下の様相は一変するということだな。富や名声よりも、皆の利を求めるとは、なかなか面白い男よのお。」
広間には、これまでになかった熱気が満ちていた。翔馬の実演は、ただの技術披露ではなく、未来の国の姿を垣間見せたのだ。
ひとまず、今回の接見はある程度の手ごたえを得た。




