チュクチ アナディルの決断
アナディルに到着すると、翔馬たちはまず村長…アイヴァンの父に面会した。あごひげをさすりながら、村長はアイヴァンの語る「日本の文明」を一言一句漏らすまいと聞き入っていた。
火薬、蒸気機関、精密な鉄器、巨大船、温水のでる水の管、銃火器、道路、学校、病院、響き箱…。
説明は二時間に及び、村長はついに深くうなった。
「それで、アイヴァン……お前は日本を体験し、どう決断する?」
アイヴァンは覚悟を決めた顔で言った。
「同行の二人とも話し合ったが、俺らは日本を味方につけて、ルーシを追い払うしかない。こんな好機、二度とない。この判断を誤れば…チュクチ人の歴史が終わる。それはみんなわかっているはずだ」
そして、少し声をひそめた。
「逆に……日本を敵に回したら……ルーシより酷いことになる」
「…………なるほどな」
村長は長く息を吐いた。そして決断は早かった。
「よし。我々は日本の庇護下に入る。そして共に戦い、ルーシに対抗する」
その一言で、アナディルの未来が決まった。
そこへ、アイヴァンが気まずそうに手を挙げた。
「それと親父……大事な報告がある」
「まだあるのか?」
「……日本で知り合った女性と……結婚することになった。認めてくれ」
絶妙なタイミングで、外からチュクチ衣装を纏った東北美人の悦が深々と頭を下げながら入ってきた。
「悦は日本での生活をすべて捨て、俺についてきてくれた。日本との友好の証にもなるし……何より、俺は彼女を心の底から愛している。親父、頼む」
村長は一瞬だけ目を丸くし、すぐに笑った。
「まったくお前って奴は……。亡国の瀬戸際に色恋沙汰か!いい、認める。だが――」
ビシッと指を突きつける。
「今すぐ式を挙げよ。戦いが終わってからなどという“甘い約束”はするな。そんな約束はな、後で不幸を呼ぶための呼び水じゃ」
「ありがとう、親父……大好きだよ!」
急遽アナディルの町をあげて、切り込み隊長・アイヴァンの結婚式が盛大に行われた。
翔馬も、船から降ろした大量の鳥肉を蒸気窯でオーブン焼きにし、村人たちに振る舞った。
誰もが笑い、踊り、歌った。
まさに幸福の絶頂だった。
…あの瞬間までは。
翔馬が酒を飲み、ノリノリで踊っていると、無線がけたたましく鳴った。
「アナディル川の上流より、船団4隻接近! 恐らく南下途中! 至急乗艦を!」
「……おい記録、結婚式はちゃんと撮ったよな? 次、ルーシとの戦闘を撮るぞ。ついてこい」
せっかくの祭り気分をぶち壊された翔馬は、露骨に不機嫌だった。
駆逐艦に乗り込み、ルーシ船へ真っ直ぐ向かう。
「おいルーシ人! お前らせっかくの祭りを台無しにしやがって! すぐに武装を川に捨てて投降しろ! しなきゃ一隻ずつ沈める! わーったか!」
翔馬は拡声器で呂律の回らない言葉で威嚇している。単に酔っぱらいだ。
隊員たちはヒソヒソ話しつつも、酔った指揮官の命令に従う。
近づいた瞬間、一隻のルーシ船が銃を撃つ。威嚇射撃だ。
その発砲の瞬間、記録係がシャッターを切りまくる。
「ほう、そんな玩具で威嚇とな…(笑)」
翔馬は主砲に命じた。
「一発だけでいい。撃て」
76ミリ砲が唸り、ボロ船は粉々に砕け散る。
空中に舞い上がったコサック兵は……悲惨な形で海へ落ちた。
それを見た他の三隻は全員、両手を挙げて即投降。
捕虜にして艦内の牢へ。
酔った翔馬の尋問が始まり、悲鳴とともに砦の最新情報が吐き出された。
「アナディルスク砦には現在130名が駐屯。その先のマルコヴォには60名ほど。これから毛皮採取で日に日に人数は減っていく……!」
その報告を聞く頃には、翔馬はすっかり酔いが醒めていた。
(アナディルスク砦 64.72596969672482, 170.80879233207875)
(マルコヴォ 64.68372312108961, 170.41038819598856)
翔馬は式場へ戻り、号令をかけた。
「一週間後、ルーシの砦を攻略する!
戦闘に参加するチュクチ人は全員、俺のもとに集まれ!
武器を供与して、みっちり訓練する!」
会場は一気に“戦の空気”へと変わり、男たちは立ち上がって雄叫びを上げた。
その後の一週間、チュクチ戦士たちは最新式の弓を与えられ、軍隊行動や作戦の基礎を叩き込まれた。
翔馬はアバチャへ長波無線を送り、あらかじめ決めていたパターンで召集をかける。
数日後、全長180mにも及ぶドック艦タイプの輸送船三隻が到着。
荷台には…
小型攻撃艇4隻
補給船4隻
兵員輸送船2隻
クルーを含め総勢300名以上。
チュクチ戦士200名を含む合計500名の戦隊だ。
揚陸艦は注水すると、内部のドックに水が入り込み搭載中の小型船が浮上する。前方ハッチから船が出ると、ポンプで水を排出して元の輸送艦として復元する。
いわば、小型艦母艦だ。強襲揚陸艦的な役割を果たす。
搭載艦はいずれもウォータージェットで、川の浅瀬でも遡上できる。
武装は、攻撃艇の12.7mm機関砲しかないが、迫撃砲を設置する台座は備えているので、火力は十分だろう。
むしろオーバーキル気味。
出発の直前、悦がアイヴァンの両頬をパチンと叩いた。
「精一杯、使命を果たしてきなさい!」
アイヴァンは頷いた。
その目には、もう迷いはなかった。




