文明の利器
翔馬には、ここ数年ずっと頭の隅に引っかかっている考えがあった。
昭和の日本で、電気が田舎の隅々まで行き渡り始めた頃、経済は一気に加速した。
その原動力のひとつが、いわゆる“三種の神器”と呼ばれた耐久消費財の爆発的普及だ。
テレビ、冷蔵庫、洗濯機。どれも月給の二倍、三倍もする高級品だったのに、人々は当然のようにローンを組んで手に入れた。
テレビを持つ家庭は、田舎の名家として周囲に羨ましがられ、放課後は近所の子供たちが、その家に集まりテレビを見る。茶うけに冷蔵庫で冷やした飲み物がだされ、子供たちはそんな未来的な暮らしに憧れながら大人になる。そんな子供たちが大人になり、経済を大きくけん引したのが60~70年代の高度成長期だ。
それがGDPを底上げし、暮らしを変え、国の成長を押し上げた。
テレビはその気になれば作れないこともない。しかし、この時代にはいささか早すぎる。
それは、ラジオや蓄音機で代用すればいい。何より…冷蔵庫と洗濯機は、すでに技術的には手の届くところにある。
問題は“いつやるか”だ。あまりに早い進化は、周囲との整合性も考えなければならない。
だが農場を立ち上げ、畜産を軌道に乗せつつある今、冷凍保存技術の必要性は痛いほど感じていた。
生きたまま運ぶより、締めて冷凍した方が遥かに効率がいい。冷凍が可能であれば、日本中が流通網の内に入る。鹿児島で作った豚を江戸に、モシリの羊を大坂に…それが十分可能になってくる。
江戸の魚も、近海なら生で食えるが、沖のマグロなどはどうしても“あの匂い”が出てしまい、庶民には敬遠されている。本来なら、あんなにも旨い魚なのに。
まだ発電容量の問題で各家庭まで普及させるのは時期尚早だが、冷凍運搬船や保管倉庫など、スポットで冷凍流通網を整えるのは十分可能だし、近いうちに実現させないといけない命題だと思っている。
さらに、俺が推し進める高気密住宅は、冷暖房が完備されてこそ真価を発揮する。化学分野でも、気体の分離や極低温の生成に冷凍技術は欠かせない。
……そろそろ、やるべき時だろう。
そう決めてから二年。暇を見つけては部品の制作に没頭してきた。
八平親方に耐圧銅管を作ってもらい、断熱材を挟んだ筐体を組む。背面に熱交換器を這わせ、コンプレッサーと冷却ファンを取り付ける。仕組みは単純だが、ガスが漏れないだけの精度が問われる。
配管を真空にし、天然ガス工場から取り寄せた高圧二酸化炭素を注入して封じる。通電させて様子を見ると、温度はゆっくりと下がり、ついにはマイナス30度。サーモを付けていないから、このままだと二酸化炭素が凍るまで下がりそうな勢いなので、一時電源を落とす。
冷えは十分確認できた。
そこでバイメタル式サーモスタットを取り付け、マイナス25度で自動調整に成功。同じ方法で冷蔵庫も制作し、こちらはサーモの設定温度を0℃よりわずかに上にするだけで問題はない。
応用で大型の水冷クーラーも作る。三天ショッピングモールに導入する予定だ。
量産は苫小牧未来館で行い、まずは業務用冷凍冷蔵庫として普及させるつもりだ。
これが広まれば、全国に作られた養鶏場は絶大な恩恵を受ける。生きたまま運ばずとも、現地の処理施設で解体し、骨やガラは乾燥させて粉砕し肥料へ。食肉は部位ごとに冷凍パックにして、冷凍船や冷凍車で問屋へ。問屋も冷凍庫を備える。そこから各地の店へ流れ、庶民の食卓へ。
現代と変わらない流通が可能になる。食中毒で命を落とす者も激減するはずだ。
気づけば、丸一週間、発明に没頭していた。こういう時が一番ワクワクして、時間が飛ぶ。
…そろそろ用意しないとな。
春を目前に、チュクチへ戻る予定を確認し、研究所の職員に量産体制を整えるよう指示を出す。
発明の次は……戦争だ。
翔馬は深く息を吐き、頭を切り替えた。




