江戸大改造
丸の内…もとは武家屋敷が敷き詰められた、いかにも江戸らしい武骨な区画だった。その区画の縁を街路樹で区切り、今ではまっすぐに走る国道一号線が敷かれている。 武家たちが眉をひそめ、町人たちが口を開けて見上げる中、その大通りは堂々と日本橋に延び、さらに巨大なロータリーを備えた江戸駅と接続する。そのまま国道は大江戸未来館前を通り、東北へと延びる。
駅前一等地は、広い。 あまりに広く空き地になっている。 ここは将来の幕府施設の建設予定地で、あえて更地が続いている。 だが翔馬は、その“空白”こそ機会だと考えていた。資源と労働力、そして未来の知識。 すべて揃っている今だからこそ、できることがある。
…『食』だ。 貨幣改革、鉄道網の整備、通信網の構築。 そうした“国家の骨格”には日々追われるが、庶民の暮らしを彩るのは結局、食文化なのだ。
翔馬は、暇さえあれば紙に構想を落としては書き直し、また破りすて、また書いた。 気が付くと、机の引き出しには殴り書きの図面が何十枚も詰まっていた。
そしてついに、駅前一等地を使い、一大グルメ街をつくる腹を固めた。国道沿いには、4階建て・5階建ての和風モダンな鉄筋コンクリート造の建物が雨後の竹の子のように伸びている。
一階は店舗、二階以上は住居や宿泊所…江戸とは思えぬ景観だが、それでもどこか和の情緒は残しつつ、未来の匂いが漂っていた。その一角に、翔馬の“夢”が配置される。
庶民向け料理の集積地、グルメモール。
まずは女子受けバツグンの洒落たスイーツ店。提供するのは、さつまいもパイや、日本初登場のベーカリー、果物大福…などなど、オープンテラスにして、背後には静かなオルゴール。 甘い匂いを追って女性が集まり、それを眺める男たちが自然と足を運ぶ…江戸の町が少し浮き立つ瞬間だ。
そして翔馬の本命、念願の『ラーメン!』。九十九里のガス田から取れる“かん水”を応用し、ようやく中華麺を製造可能になった。 豚はまだ普及していないため、鶏ガラと魚介主体のスープだが、半熟味玉と鳥チャーシュー、メンマを乗せた丼を前に、翔馬は胸を張りたくなるほどの出来映えだった。
さらに長屋時代の友である、きつね蕎麦の喜八にも声をかけた。 いまや江戸二八蕎麦の創始者として江戸界のカリスマ的存在の彼が、きつね蕎麦と天ぷらそばを出す店を構えるだけで、人は自然に集まるだろう。
店舗レイアウトは、〇亀製麺を参考にさせてもらった。
ほかにも、オムライス専門店、21世紀風江戸前寿司、モシリ羊のジンギスカン、鴨鍋、餃子と麦酒の店。
ポテトフライ、焼きトウモロコシ、焼き鳥など、食べ歩き向けの軽食。 さらには鳥サンドや、“洋風揚げ鳥”なる、某巨大チェーンが涙目になるレベルの“あれ”まで構想に入れている。当然飲み物は炭酸飲料だ。
入口には、将軍の等身大人形が飾られる。
江戸の食文化は、ここで一度ひっくり返る。だが驚くのはこれだけではない。飲食店街は、巨大な建物のたった一角。 その上には複合商業施設が丸ごとそびえる。
越後屋の三井に話を持ちかけた瞬間、彼は目を輝かせた。二階には、自動機織り機による大量生産が始まった羽毛やシルク衣料。 三階には綿や羽毛の寝具と呉服。 四階は女性用品に特化し、可愛いシルク下着、装飾品、香りの石鹸、シャンプー・リンス、毛染め、化粧品……二十一世紀のショッピングモールと比べても遜色ないラインナップだ。
そして五階は丸ごと発明奉行専用フロア。 最新ガジェットの展示販売場。 江戸の少年たちは確実に目を輝かせるだろう。江戸風ゲーセンこと、コインゲームや卓上テニスなど、目新しい娯楽も提供したい。
店内には、スピーカーから常に落ち着いた音楽が流れ、優雅で異国的な、それでも和風を感じる…そんな未来の日本を連想させるような空気感を大事にするつもりだ。
屋上には、子供用遊戯施設とカフェ、小さな公園。 階段は緩やかで、移動の苦痛を最小にした。 もはや江戸というより、現代の“ショッピングモール”に近い。
建設費はとてつもない額になったが、新井白石に提出した収支計算書は「こんなに儲かるわけがない」「金ないのにこんな大金出せるか!」と鼻で笑われた。ただし、“自前でやるなら勝手にせよ”という条件付きで。
翔馬は笑った。 自前なら、大いに結構だ。
給与にはほとんど手を付けず、気が付けば並の大名家より財産がある。
三井が3割、翔馬が7割。 共同出資で合弁会社『三天』を設立した。
日銀設立後に株式制度(証券取引)を導入する予定で、その準備も兼ねている。
ある日、翔馬は江戸無線放送に立ち寄る途中、建設中の巨大建造物を見上げた。 梁が組まれ、外壁が立ち上がり、江戸最大の“箱”がゆっくりと形になっていく。未来が、形を持ちはじめている。 その光景の前で、翔馬はしばし言葉も出ず、ただ静かに、ひとりニヤニヤ悦に浸っていた。




