息吹
榊原の倉から無事に道具は回収され、押収品と共にそのままの足で秋元氏の屋敷に届けられた。
榊原への弾劾が終わり、秋元氏は翔馬を手招きして応接間に来いと命ずる。
道具を目の当りにして、秋元氏は真剣な眼差しで道具を精査している。
「これは……まさか、米の加工をこれほど効率的にできるとは!」
秋元氏の目は輝き、指で丁寧に道具を撫でながら絶賛する。
「これは、そなたが考案したものなのか?我が幕府がこの道具の管理と普及を主導するのはいかがか?」
翔馬は笑顔で小さくうなずき、道具の機能や意図を細かく説明した。
同席していた岡部、高野、吉村の三人は、思わず色めき立つ。
すると秋元氏が、報酬の話に触れた。
「それでは……発明の報酬として300両(約3600万円)を差し上げたいのだがどうか?」
岡部たちは目を輝かせるが、翔馬は首を振った。
「金品は結構です。私が望むのは、この発明に限らず、あらゆる夢のある発明を実現化するための制度的な支援です」
そして翔馬は具体案を示す。
1,発明を国の援助のもとで推進する機関の創設。
2,国内の発明家や研究者が自由に交流し、知見を共有できる機関を創設する。
3,各奉行間の連携を取り持つ権力ならびに、そこで生まれた成果を、各地の藩にフィードバックできる体制を整える。
を提案した。
1は、そのものだが、法的規制や金銭的制約の厳しい現状では、革新的発明は生まれにくい。幕府自体の変革も促したい意図がある。
2は、この時代の発明家100人の発想より、未来人ひとりの方がはるかに知識があるのは当然なのだが、どうしても知識を受け継いで、発明を更に普及・発展させてくれる手足が必要だ。時間は有限なので、俺が生きている間に全て成し遂げられる確信が無い。後に続く者を育てたい。
3は、想像以上に多岐に渡り省庁は存在している。奉行というが、鉄砲にまつわる奉行、火薬を扱う奉行、材木や石を扱う奉行、土木、各地直轄地、医療、天文学…上げればきりがない。
それらを統括して老中が管理するのだが、さすがに全てを網羅して連携させるのは無理がある仕事だ。
発明に関しては、省庁の枠を超えた存在でないと縦割りでは逐一支障がでる。
つまりは、老中のお手伝いをしてくれるコーディネーターみたいな頭脳がいれば横の連携はマシになる。頭が切れる誠実な人間が求められる。
そこで生まれた知識を武器にして、幕府が藩を押さえつける方式は好ましくない。いずれ、体制の瓦解を迎える。それを防ぐために、知識を共有し、各藩の底上げで不満も解消され、幕府への臣従の念も芽生えるというものだ。すべては国力のため。
秋元氏は興味深そうに眉を上げる。
「なるほど、面白い提案だが、ちょっと過ぎたものでもあるな。徳川の意図に反する部分もある。今回は米に関する道具だが……」
当時幕府は諸藩をコントロールするために、あえて藩が強くならないような政策を敷いていた。
「はい。只今、越後屋には画期的な織機の設計図を渡しています。効率が倍以上に上がるはずです。この水車の仕組みを利用すれば、さらに自動で機を織る機械も可能になることでしょう。越後屋さんは信用できます。安全に管理してもらい、国内の産業振興に役立ててもらうつもりです。私はお金儲けよりも、皆の幸せが望みです。」
さらに翔馬は、今年中に実現可能な他の発明案も提示した。
「災害に強い家屋、レンズを応用した望遠鏡、方位磁石などです」
秋元氏はうなずき、真剣な表情でメモを取りながら言った。
「なるほど……これは幕府のみならず、江戸の民生にも大きく貢献するものだ。」
秋元は、今まで会ったことのないタイプの人間に対し、何とも言えない興味心が芽生えていた。
翔馬の目には、微かな笑みが浮かぶ。
報酬は金ではなく、知恵と技術を未来につなぐ体制の確立。
自らの目指す目標の第一歩を踏みだすために必要不可欠なものである。




