06 入部
「お前ら!!!二度とこんなことするなよ!!!」
舞台上から先生の怒号が体育館中に響く。久しぶりの学校の始まりがこれなのは勘弁して欲しい。だが、
「うっ……」
今回ばかりは心当たり大アリだ。あまりにも気まずすぎる。
「特にやらかしたやつら3人!!月下!白鼓!泉都河!前に出てこい!!!」
「「えっ」」 「あ〜……」
愉愛はなんとなくこうなるだろうと予想はしていた。他の二人は完全に予想外だったようだが。別の人からとはいえ、何度も何度も同じようなことについて叱られるのは流石に堪える。祖父母と愛継々の顔を思い出し、愉愛は罪悪感で胸が刺される感覚を再度味わう。愛故の叱責だとは分かっているが、忌避の感情は拭えない。
渋々覚悟を決め、舞台上へ続く階段に足を掛ける。
そこから先の記憶は三人にはなかった。誰だって公開処刑された記憶なんて頭に残したいものではないからだろう。
「……なんか朝礼の記憶飛んでるんすけど」
床に座り込み、頭を押さえながら叙が口火を切る。
「おれも」
ソファに顔を埋めながら愉愛が同調する。
「すごく嫌な思いをしたことはわかるけど、詳しくは思い出せないな。……相当ヤバかったのかな?」
机の上の回路の配線をいじりながら奏音が応える。平気そうな振る舞いをしているが、よく見れば顔が青くなっていることがわかる。
「マジで頭痛ぇっす……」
放課後になり、三人は秘密基地で気ままに過ごしていた。
「ていうか叙はこんなところにいていいのか?」
愉愛はソファに仰向けに寝転びながら、思い出したように話しかける。
「何がっすか?」
「今は仮入部期間だろ」
部活。高校生活一番と言っても過言ではないほどの、青春を象徴する活動。四十九院でも例外ではない。むしろ体育科がある四十九院は特に体育会系の部活が盛んで、大会等で手堅く実績を残し続けている。また、附属校であるという強みを活かし、三年生でも部活動を続けることができる。特に外部受験をしない者は尚更だろう。
「そこら中から引っ張りだこだったもんねー」
奏音は作業の手を止め、超絶ブラック味<劇苦死>を自らの口に放り込む。
「あー、それなんすけど……」
叙は明らかにきまりが悪そうなそぶりを見せながら話す。
「自分の家、無駄遣いできないんすよ。ここに入るのにも奨学金借りちゃったし……。あの人らが誘ってくる部活なんて入ったら、出費がとんでもないことになるんで」
「……なるほどね」
これが複雑な家庭というやつだろう。彼の場合は金銭面の問題が大きいようだが。手を動かしながら耳に神経を集中させている奏音の頭を、そんな考えが掠める。
「あと門限も厳しいし、それに兄弟姉妹もいっぱいいるんで。自分だけ我儘言うのはなんかなー……って感じっす」
「それ、進学はどうするんだ……?」
愉愛はソファから起き上がる。
確かに四十九院は私立大学の附属だから、公立高校よりは学費も高いだろう。だが、私立高校の中ではだいぶ良心的な価格帯のはずだ。それすらも奨学金を借りなければいけないほどの家計。愉愛の中で心配が膨れ上がる。
「就職するしかないっすね」
あっさりとした答えが返ってくる。
「それは……、君は本当にそれでいいのか?」
なおも愉愛は心配を続ける。
この人は優しい。特に自分のような年下には。妹がいるからだろうか。この人はつくづく見え透いた罠に引っかかりやすそうな人だな。そんな事を考えながら叙は口を開く。
「愉愛先輩は本当に優しいっすねー。どこかの誰かとは大違いっす」
自然な流れ弾。
「僕の悪口やめてね」
「まーね、諦めてますし良いんですよ」
少し俯いた後、叙は必死で笑いかけた。
「……この話お終い!なんか辛気臭くなっちゃうんで!」
「…………ああ」
「ところで」
作業の手を止め、重い空気を切り裂くように奏音が話し出す。
「ここに集まった目的を忘れてる訳じゃないよね」
「そりゃもちろん。聞かせてくれるんだよな?」
この話を楽しみにしていたからこそ、叱られると分かっても学校にわざわざ来たようなものだ。
奏音は作業机に手をつき立ち上がってソファに向かい、愉愛の右隣に座る。
「奏音先輩の都合の良いように改竄されないよう、自分がその都度しっかり修正入れるんで。覚悟してください」
さらに叙がもう一方、愉愛の左隣に座ってくる。
「それじゃあ始めるよ。あの日は…………」
「以上だよ」
「異常だぞ?」
奏音の話が終わった瞬間に、愉愛のツッコミが入った。
「え本当に何してんの?」
「自分が奏音先輩と距離を取ろうとしている理由が、よーくわかりましたよね」
「ごめん、叙も大概だからな?」
こんなに頭を抱える羽目になったのは久しぶりだ。
「とりあえず一旦話を整理させてくれ」
・意識を失った愉愛を先生に引き渡して、救急車を呼び病院まで運ばせた
「これはありがとう。お陰でおれはこうして元気になれた」
・テイザーガンの証拠を消すために、撃った相手の体から電極針を抜いて回った
・ついでに学校中の隠しカメラも回収した
「これもありがとう。危うく前科がつくところだった。あと隠しカメラは懲りろ」
・テイザーガンを隠す時に鉢合わせそうになった警察官を叙が殴った
「何してんの?ねえ本当に何してんの??マジで何してんの???」
・パニックになっていたと思われて、殴ったことは見逃してくれた
・テイザーガンには気付かれなかった
「本っ当に!マジで!!二度とするなよ!!!」
・またテイザーガンがバレそうになったから、奏音を抱えて叙が校舎の外壁にへばりついてやり過ごした
「身体能力が化け物すぎる。君は人間だよな……?それはそれとして、確かにこれは恨む理由になるな」
・警察が帰ったからテイザーガンの実験と改良のため、奏音は叙に向けて何発も撃った
「……………………?????」
「…………」
沈黙。
「……二人ともそこに正座しろ」
奏音と叙はソファから床におりて、正座の形に足を組む。対照的に愉愛はソファから立ち上がり、二人を見下ろす。
「やって良いことと!悪いことが!!あるだろうが!!!」
愉愛の怒号が響き渡る。
「「はい……」」
二人は俯いて縮こまる。本来なら二人とも愉愛より身長が高いはずだが、迫力に気圧されたのか今だけはそうは見えない。
「まず叙!警察を殴るな!!暴力への引き金が軽すぎる!!!」
「次に奏音!人を良いように使った挙句、実験体にするな!!倫理観を学び直せ!!!」
「最後に!お互いの事を言えるほど君らはまともじゃない!!自分のことを棚に上げて一方を責め立てるのはやめろ!!!」
ここまで一気に捲し立てたせいか、愉愛は少し苦しそうに肩で息をした。
「クソッ、これ以上君らと関わると状況が悪化する……」
愉愛は片手で顔を覆い、天井を仰ぐ。
「えーっ、これからもストッパーになってくれないと困るよ」
奏音は立ち上がり、愉愛に詰め寄る。
「おれに何の得があってそんな役回りしなきゃいけないんだよ……」
愉愛は少し後ずさる。もうすぐ後ろは壁だ。
「自分、この人と二人きりは無理っす。やっぱ常識がしっかりある人がいなきゃ」
叙も立ち上がり、同様に愉愛に詰め寄る。壁に背がつく。これで愉愛は完全に追い詰められた。
二人に詰め寄られた愉愛はふと気がつく。何かがおかしい。
「……?何でこれからも一緒に付き合っていくみたいな雰囲気になってんだ……?」
愉愛の疑問に叙はさらりと答える。
「そりゃ、自分たちは同じ部活に入ってるんで」
「……は???」
愉愛の喉から素っ頓狂な音が出た。
「正確には同好会だけどね」
奏音が二枚の入部届の切れ端を見せる。生徒氏名欄には「白鼓奏音」と「泉都河叙」の字が書かれている。担任欄と顧問欄にはしっかりとハンコが押されている。もう一方の切れ端はしっかりと受け取られて、入部が認められたようだ。
「へぇーそりゃ意外だな……?」
理解が追いつかない愉愛は、とりあえず当たり障りのない言葉を返す。
二人はそんな愉愛へ追い討ちをかけるように、とんでもないことを言い出した。
「なに他人事みたいな反応してるんすか」
「お前も部員の一人だよ」
奏音がもう一枚の入部届の切れ端を見せる。
「は?」
生徒氏名欄には「月下愉愛」という字が妙に綺麗な筆跡で書かれている。担任欄と顧問欄を見る。ハンコは押されている。それらを確認した数秒の後、ようやく理解が追いついた愉愛は絶叫した。
「…………何してんだああああぁぁ!?」




