表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
甘譚の喩愛  作者: 手嶋田 過完
束の間の安息

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/8

06 入部

「お前ら!!!二度とこんなことするなよ!!!」

舞台上から先生の怒号が体育館中に響く。久しぶりの学校の始まりがこれなのは勘弁して欲しい。だが、

「うっ……」

今回ばかりは心当たり大アリだ。あまりにも気まずすぎる。

「特にやらかしたやつら3人!!月下(つきした)白鼓(しろこ)泉都河(せんとがわ)!前に出てこい!!!」

「「えっ」」 「あ〜……」

愉愛(ゆめ)はなんとなくこうなるだろうと予想はしていた。他の二人は完全に予想外だったようだが。別の人からとはいえ、何度も何度も同じようなことについて叱られるのは流石に堪える。祖父母と愛継々(うつつ)の顔を思い出し、愉愛(ゆめ)は罪悪感で胸が刺される感覚を再度味わう。愛故の叱責だとは分かっているが、忌避の感情は拭えない。

渋々覚悟を決め、舞台上へ続く階段に足を掛ける。


そこから先の記憶は三人にはなかった。誰だって公開処刑された記憶なんて頭に残したいものではないからだろう。

「……なんか朝礼の記憶飛んでるんすけど」

床に座り込み、頭を押さえながら(のべる)が口火を切る。

「おれも」

ソファに顔を埋めながら愉愛(ゆめ)が同調する。

「すごく嫌な思いをしたことはわかるけど、詳しくは思い出せないな。……相当ヤバかったのかな?」

机の上の回路の配線をいじりながら奏音(そうと)が応える。平気そうな振る舞いをしているが、よく見れば顔が青くなっていることがわかる。

「マジで頭痛ぇっす……」

放課後になり、三人は秘密基地で気ままに過ごしていた。


「ていうか(のべる)はこんなところにいていいのか?」

愉愛(ゆめ)はソファに仰向けに寝転びながら、思い出したように話しかける。

「何がっすか?」

「今は仮入部期間だろ」

部活。高校生活一番と言っても過言ではないほどの、青春を象徴する活動。四十九院(つるしいん)でも例外ではない。むしろ体育科がある四十九院(ここ)は特に体育会系の部活が盛んで、大会等で手堅く実績を残し続けている。また、附属校であるという強みを活かし、三年生でも部活動を続けることができる。特に外部受験をしない者は尚更だろう。

「そこら中から引っ張りだこだったもんねー」

奏音(そうと)は作業の手を止め、超絶ブラック味<(Hell)(Bitter)(Death)>を自らの口に放り込む。

「あー、それなんすけど……」

(のべる)は明らかにきまりが悪そうなそぶりを見せながら話す。


「自分の家、無駄遣いできないんすよ。ここに入るのにも奨学金借りちゃったし……。あの人らが誘ってくる部活なんて入ったら、出費がとんでもないことになるんで」

「……なるほどね」

これが複雑な家庭というやつだろう。彼の場合は金銭面の問題が大きいようだが。手を動かしながら耳に神経を集中させている奏音(そうと)の頭を、そんな考えが掠める。

「あと門限も厳しいし、それに兄弟姉妹もいっぱいいるんで。自分だけ我儘言うのはなんかなー……って感じっす」

「それ、進学はどうするんだ……?」

愉愛(ゆめ)はソファから起き上がる。

確かに四十九院(ここ)は私立大学の附属だから、公立高校よりは学費も高いだろう。だが、私立高校の中ではだいぶ良心的な価格帯のはずだ。それすらも奨学金を借りなければいけないほどの家計。愉愛(ゆめ)の中で心配が膨れ上がる。


「就職するしかないっすね」

あっさりとした答えが返ってくる。

「それは……、君は本当にそれでいいのか?」

なおも愉愛(ゆめ)は心配を続ける。

この人は優しい。特に自分のような年下には。妹がいるからだろうか。この人はつくづく見え透いた罠に引っかかりやすそうな人だな。そんな事を考えながら(のべる)は口を開く。

愉愛(ゆめ)先輩は本当に優しいっすねー。どこかの誰かとは大違いっす」

自然な流れ弾。

「僕の悪口やめてね」

「まーね、諦めてますし良いんですよ」

少し俯いた後、(のべる)は必死で笑いかけた。

「……この話お終い!なんか辛気臭くなっちゃうんで!」

「…………ああ」


「ところで」

作業の手を止め、重い空気を切り裂くように奏音(そうと)が話し出す。

「ここに集まった目的を忘れてる訳じゃないよね」

「そりゃもちろん。聞かせてくれるんだよな?」

この話を楽しみにしていたからこそ、叱られると分かっても学校にわざわざ来たようなものだ。

奏音(そうと)は作業机に手をつき立ち上がってソファに向かい、愉愛(ゆめ)の右隣に座る。

奏音(そうと)先輩の都合の良いように改竄されないよう、自分がその都度しっかり修正入れるんで。覚悟してください」

さらに(のべる)がもう一方、愉愛(ゆめ)の左隣に座ってくる。

「それじゃあ始めるよ。あの日は…………」






「以上だよ」

「異常だぞ?」

奏音(そうと)の話が終わった瞬間に、愉愛(ゆめ)のツッコミが入った。

「え本当に何してんの?」

「自分が奏音(そうと)先輩と距離を取ろうとしている理由が、よーくわかりましたよね」

「ごめん、(のべる)も大概だからな?」

こんなに頭を抱える羽目になったのは久しぶりだ。

「とりあえず一旦話を整理させてくれ」






・意識を失った愉愛(ゆめ)を先生に引き渡して、救急車を呼び病院まで運ばせた

「これはありがとう。お陰でおれはこうして元気になれた」


・テイザーガンの証拠を消すために、撃った相手の体から電極針を抜いて回った

・ついでに学校中の隠しカメラも回収した

「これもありがとう。危うく前科がつくところだった。あと隠しカメラは懲りろ」


・テイザーガンを隠す時に鉢合わせそうになった警察官を(のべる)が殴った

「何してんの?ねえ本当に何してんの??マジで何してんの???」


・パニックになっていたと思われて、殴ったことは見逃してくれた

・テイザーガンには気付かれなかった

「本っ当に!マジで!!二度とするなよ!!!」


・またテイザーガンがバレそうになったから、奏音(そうと)を抱えて(のべる)が校舎の外壁にへばりついてやり過ごした

「身体能力が化け物すぎる。君は人間だよな……?それはそれとして、確かにこれは恨む理由になるな」


・警察が帰ったからテイザーガンの実験と改良のため、奏音(そうと)(のべる)に向けて何発も撃った

「……………………?????」






「…………」

沈黙。

「……二人ともそこに正座しろ」

奏音(そうと)(のべる)はソファから床におりて、正座の形に足を組む。対照的に愉愛(ゆめ)はソファから立ち上がり、二人を見下ろす。

「やって良いことと!悪いことが!!あるだろうが!!!」

愉愛(ゆめ)の怒号が響き渡る。

「「はい……」」

二人は俯いて縮こまる。本来なら二人とも愉愛(ゆめ)より身長が高いはずだが、迫力に気圧されたのか今だけはそうは見えない。


「まず(のべる)!警察を殴るな!!暴力への引き金が軽すぎる!!!」

「次に奏音(そうと)!人を良いように使った挙句、実験体にするな!!倫理観を学び直せ!!!」

「最後に!お互いの事を言えるほど君らはまともじゃない!!自分のことを棚に上げて一方を責め立てるのはやめろ!!!」

ここまで一気に捲し立てたせいか、愉愛(ゆめ)は少し苦しそうに肩で息をした。


「クソッ、これ以上君らと関わると状況が悪化する……」

愉愛(ゆめ)は片手で顔を覆い、天井を仰ぐ。

「えーっ、これからもストッパーになってくれないと困るよ」

奏音(そうと)は立ち上がり、愉愛(ゆめ)に詰め寄る。

「おれに何の得があってそんな役回りしなきゃいけないんだよ……」

愉愛(ゆめ)は少し後ずさる。もうすぐ後ろは壁だ。

「自分、この人と二人きりは無理っす。やっぱ常識がしっかりある人がいなきゃ」

(のべる)も立ち上がり、同様に愉愛(ゆめ)に詰め寄る。壁に背がつく。これで愉愛(ゆめ)は完全に追い詰められた。


二人に詰め寄られた愉愛(ゆめ)はふと気がつく。何かがおかしい。

「……?何でこれからも一緒に付き合っていくみたいな雰囲気になってんだ……?」


愉愛(ゆめ)の疑問に(のべる)はさらりと答える。

「そりゃ、自分たちは同じ部活に入ってるんで」

「……は???」

愉愛(ゆめ)の喉から素っ頓狂な音が出た。

「正確には同好会だけどね」

奏音(そうと)が二枚の入部届の切れ端を見せる。生徒氏名欄には「白鼓(しろこ)奏音(そうと)」と「泉都河(せんとがわ)(のべる)」の字が書かれている。担任欄と顧問欄にはしっかりとハンコが押されている。もう一方の切れ端はしっかりと受け取られて、入部が認められたようだ。

「へぇーそりゃ意外だな……?」

理解が追いつかない愉愛(ゆめ)は、とりあえず当たり障りのない言葉を返す。


二人はそんな愉愛(ゆめ)へ追い討ちをかけるように、とんでもないことを言い出した。

「なに他人事みたいな反応してるんすか」

「お前も部員の一人だよ」

奏音(そうと)がもう一枚の入部届の切れ端を見せる。

「は?」

生徒氏名欄には「月下(つきした)愉愛(ゆめ)」という字が妙に綺麗な筆跡で書かれている。担任欄と顧問欄を見る。ハンコは押されている。それらを確認した数秒の後、ようやく理解が追いついた愉愛(ゆめ)は絶叫した。


「…………何してんだああああぁぁ!?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ