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甘譚の喩愛  作者: 手嶋田 過完
束の間の安息

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6/8

05 転機

「で、あの後大丈夫だったのか?」

愉愛(ゆめ)の質問に、奏音(そうと)(のべる)はつい数日前の事を思い出しながら答える。

「そりゃもう頑張って証拠消したよね」

「結構危なかったんすよ?校舎の壁に貼りついたりとかしたんで……」

「何それちょっと聞きたいんだけど」

「今は時間ないからやめとくね」

「えーっ……つまんねぇの」

あの騒動の後、愉愛(ゆめ)はすぐに気絶してしまった。結局、証拠隠滅は二人に任せて病院へ搬送されることとなってしまったのだ。

そんな愉愛(ゆめ)の見舞いに二人は来ていた。


「まっ、検査じゃ異常ないから、明日で退院だ」

愉愛(ゆめ)は得意げな顔で報告する。

「それは良かったっすね!自分もなんすけど、特に奏音(そうと)先輩が心配してたんで。後遺症とか残るんじゃないかって」

(のべる)は素直に安堵の気持ちを伝える。

次いで奏音(そうと)が呆れた顔で口を開く。

「普通にトラウマだからね?人の頭から血が出てるのなんて。お陰様で寝る時、(のべる)君に顔面大失敗整形されたあいつらとセットでうなされたよ」

愉愛(ゆめ)(のべる)の声が重なる。

「「それは本当にすみません……」」


「それより!学校も流石にしばらく休みだし、それだけはラッキーだな」

非日常的な理由で学校が休みになることに、愉愛(ゆめ)は少しワクワクしたような顔を見せる。

「それなんだけど、なんか夏休みに全員強制で補講受けさせられるらしいよ。親に連絡来てた」

「えっ、文理関係なく?」

奏音(そうと)は理系。もしかしたら文系の自分は違うかもしれない。愉愛(ゆめ)はそんな淡い期待を抱く。

「うん」

期待が瞬殺された。

「は?死んでくれ。夏休みの名を馬鹿にしてんのか」

「シームレスな罵倒っすね」

(のべる)は憐れむような顔をする。

「全学年だよ」

状況急変。自分がいた安全地帯が粉々に粉砕された。

愉愛(ゆめ)先輩に同意します。学校側の行動は夏休みを侮辱した非常に許し難いものです。最も強い言葉で非難します」

「いきなりおかしくならないで?びっくりした」


二人に反して奏音(そうと)はむしろ少し嬉しそうだ。

「僕は別にいいんだけどな……。夏休みでも学校にいられる口実ができたし」

「異常学校マニアかなんかか?」

「すごい言い様じゃない?泣いちゃうよ」

「そうっすよ、愉愛(ゆめ)先輩。奏音(そうと)先輩は人と関わったことがほとんどない、根暗で陰気で口下手で人見知りの可哀想なコミュ障のマッドサイエンティストっすよ。言葉には配慮が必要っす」

「追撃が酷すぎて涙も引っ込んじゃった。弾丸を一発喰らわせて弱った相手に、さらに五百発くらい撃った上で手足をバラバラにして海に沈めるくらいのことをしたからね?」

二人の間に険悪な雰囲気が漂う。いたたまれない。


「とりあえず二人とも落ち着け。ここは病院だ。あと、そろそろ面会時間終わりだぞ」

「忘れてたっす」

「もうそんな時間?」

二人の間の不穏さは多少マシになった。

「おれがいない間、本当に何があったんだよ……」

「いやもう、マジで存分にお教えしますよ。また今度」

「学校再開したら、秘密基地に来てね。待ってるからさ」

「いいけど……。どうせ暇だし」

「じゃ、また今度ね」

二人が病室からでてい出ていく。あっさりとした約束を結んだものだ。満更でもないが。


「……早く行きてぇかもな」

どこぞの異常学校マニアの気持ちが少しわかったかもしれない。正直楽しみだ。布団の中に顔を埋める。早く寝て、明日の退院を揺るぎない確実なものにしよう。






「…………」

「……あの、愛継々(うつつ)…………」

世界で一番大切な妹が迎えに来てくれた。祖父母はいつもの定期検診だろう。普段だったら飛び上がって喜ぶところだが、今日は事情が違う。病院から出てしばらくして、ようやく口を開いてくれた。

「……何か言うことは?」

「ご迷惑をおかけしてしまい!!!誠に申し訳ございませんでした!!!」

思いっきり謝罪の言葉を放ち、その場で頭を地面に擦り付け土下座をする。今回ばかりは自分が全て悪い。

「本っ当に心配したんだからね!?」

「マジでごめん……」

顔を上げる。そこで初めて気付いた。愛継々(うつつ)が涙を堪えている。

「おじいちゃんもおばあちゃんも!わたしもどんだけっ……!」

例えどんな表情をしていようが、愉愛(ゆめ)愛継々(うつつ)こそが世界で一番可愛いと思っている。それは涙を流している時も例外ではない。しかし、兄として妹を悲しませるものを許すことはできない。それが自分だとしてもだ。ただ、こういう時はどうするのが正解なのだろうか。とにかく何か言わなければ。

「帰ったら唐揚げ作るから……」

「それで許すわけないでしょ!!おかわりも作ってね!!」

「うん……」

「本当になんであんなことしちゃったの……」

遂に涙が溢れる。あまりにもバツが悪い。この子を泣かせているのが自分以外ならば、いくらでも殴りに行くのに。そんなことを考えながら頭を必死に回す。

「思春期特有のちっぽけな英雄願望に振り回されて……」

「アホなことする前に、ちゃんとそうやって冷静に分析して!?」

「いや、あの、本当に……。愛継々(うつつ)より優先するものなんてないから……」

「そうじゃない!自分の!命を!最優先にして!!」

「えぇーーっ……。それは…………」

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