04 解放
敵だらけの体育館の中を愉愛は走り回る。
「何が30人だ!?50人はいるじゃねえか!!!」
そう叫びながら愉愛はリュックの煙幕弾を床に叩きつける。白い煙が体育館中に広がる。
「ゲッホゴホッ!」
「逃がすなぁっ!捕まえろ!」
「おい!何が起きてんだよ!?」
「今の愉愛か!?」
一斉に辺りが騒がしくなる。目指すのはギャラリー。あそこが目的にはうってつけだ。幸い敵もギャラリーにはいない。一直線に舞台に向かって走る。
『全員騒ぐな!どうなってもいいの……ぎゃあぁあっ!!!』
マイクを持った敵を撃つ。もちろん叙から学んだように、顔面を思いっきり蹴ることも忘れない。そのまま落ちたマイクを拾って再び走り出す。もちろん追加の煙幕弾をあちこちに叩きつける。
「どうなってやがるんだ?」
「助けが来たぞ!」
「うるせぇ!黙れよ!自分の命が惜しくないのか!」
辺りは相変わらず騒がしいままだ。おかげで舞台裏の梯子までたどり着くことができた。
「動くな!撃つぞ!」
流石に敵も追いついてきた。梯子を登る愉愛に銃口を向けてきている。
「撃てない癖に?」
「お前なんでそれを知って……!?あっ!待て!!!」
静止する敵の声も聞かず、ギャラリーに上がる。下を見下ろし、愉愛も銃口を向ける。
「ここまでお疲れさん」
「ぐぎゃゎぁああ゛っっ!!」
マイクのスイッチを入れる。ここからが本番だ。武者震いをする暇もない。自分の言葉に全てがかかっている。
『あー、マイクテス、マイクテス』
「この声!やっぱ愉愛じゃね!?」
「本当に助けが来たのか!?」
「あそこに誰かいるぞ!」
生徒たちが一層騒がしくなる。視線が自分に集まる。
『こんにちは、テロリストに捕らわれてしまった哀れな皆さん。お間抜けな君達に朗報です。しっかりと聞いてください』
こんなに挑発的な言葉を大勢の前で使うのは、いくらなんでも恥ずかしい。だが、この方が絶対に効果がある。
『君達がビビり散らかしている、その敵が持っている銃は、なんと、弾が一切入っていません!!!』
一気に異様な空気が広がる。もう一押しだ。
『おれがあれだけ走り回っても、一度も発砲してこないことが何よりの証拠!おれたちは馬鹿にされてたんだよ!』
自分の怒りを言葉に込める。
『ムカつくやつはぁ!全員今すぐっ!そこのクソ野郎どもをぶちのめしやがれえっーー!』
一瞬の静寂が広がる。そして、
「「「うおおおおおおぉぉぉーーーーっっ!!!」」」
体育館中に一気に歓声と怒号が響き渡る。それと同時に、生徒達が周りのテロリストどもに殴りかかる。
「えっ、あっ、うわああああぁっ!!!」
情けない声を上げながらどんどん蹂躙されていく。数と質の暴力の前に、敵はなすすべがない。
「はぁ、はぁ……」
呼吸を整えながら、愉愛は座り込む。上手くいった。このまま何事もなければ……
ガツンッ……!頭部に強い衝撃が伝わる。そのまま倒れ込む。
「よくもやりやがったなっ……!」
いつのまにか敵が登ってきていた。油断した。意識が朦朧とする。ああ、自分はこういうところで詰めが甘い。
『このクソガキどもぉ!!!』
マイクを奪い取った敵が、血走った目で叫ぶ。
『お前らぁ!残念だったなぁっ!?』
汚らしい笑みを浮かべながら言葉を続ける。
『俺らは爆弾を持ってんだよぉ!!!』
「……は?」
完全に失念していた。銃にばかり気を取られて、他の武器なんて考えなかった。自分の無力感を痛いほど感じる。なんて浅ましくて愚かな考えをしていたのだろう。
『この学校全部吹き飛んじまうぜぇ!!!』
『もう起動してんだ!!あと数分でこの世とバイバイだぁっ!!!』
テロリストの声がズキズキと頭に響く。血が流れているのが分かる。
まだだ。まだ何かできるはずだ。何ができる?考えろ。考えろ。考えろ。体を動かせ!抗え!こんな所で終わらせない!
「お前も可哀想だなぁっ!!こんなに頑張ったのによぉっ!!!」
愉愛は体を無理矢理起き上がらせる。立ち上がる。震える手でテイザーガンを構える。
「諦めてっ……!たまるかよぉっ!」
「「当たり前だ!!!」」
聞き覚えのある声。それと同時に、こちらを嘲笑っていた敵が倒れる。
「うわあっ!血!出てるじゃん!」
「無茶しないで下さい!」
駆け寄ってくる仲間の姿がはっきりと見える。それがゆっくりとぼやけていく。
「えっ泣いてる……?」
「わーっ!このハンカチお返しするっす!」
ハンカチを受け取り、顔を押さえる。
「……泣いてなんか……ねぇよ……」
「「いや思いっきり泣いてる!!!」」
奏音と叙の声が重なる。
「……ははっ!」
愉愛は思わず笑みが溢れる。
「なんで笑ってるんすか!?」「ここ笑う所かな!?」
「……このぉっ!!クソガキどもぉ!!!」
敵が起き上がってくる。
「あ、まだ生きてたんだ。泉都河君、顔面潰し」
「了解っす」
叙は慣れた手つきで顔面を悲惨にする。
「クソ……が…………」
「なんかコイツしぶといっすね」
「お前らも……道連れ……うっ……」
叙の蹴りによって、敵はようやく気絶した。
「あ、そうだ」
奏音は敵の声を遮り、マイクを握る。
『皆さーん、爆弾はもう解除してありまーす。思う存分こいつらをボコボコにしちゃいましょー』
「これでよし」
「えっ、いつ解除したんだ……?」
「最初に月下君と会う前に」
「……めっちゃめちゃ最初じゃねぇか!!!」
「安静にしてください!頭から血ぃ出てるんすよ!?」
愉愛はふらつきながらも、二人の肩を借りながら立ち上がる。
「……ま、ありがとな。奏音、叙」
「「えっ」」
「今!名前呼びましたよね!?」
「なんか照れ臭いね……」
二人は軽い咳払いをして、愉愛に向き直る。
「こちらこそ、愉愛先輩!」
「これからもよろしく、愉愛」
「ところでこのテイザーガンとか、煙幕弾とかはどうするんだ?」
「あっ」
「えっ」
「……考えてなかったのか?」
「うん」
「……」「……」「……」
「警察が来る前に早く隠すぞ!!!」
「叙君!愉愛背負って梯子下りて!」
「了解っす!」




