02 助っ人
走る。走る。走る。
自分の必死な息遣いと、追ってくる敵の怒号が聞こえる。
「そこの角、曲がってすぐ止まって……!」
わずか後方から奏音が囁く。
曲がる。止まる。
奏音が角に飛び込むのを見た瞬間、角から身を乗り出す。
こちらに走って来る敵と向き合う。
武装が薄い下半身を狙って引き金を引く。
銃口から飛び出した電極針が敵の脚へ向かい、
刺さる。
電流が敵の全身を駆け巡る。
「うぎゃあああ゛ぁっ……!」
悲鳴を上げながら敵が倒れる。
「もう一人いるぞ!」
「ふぅ……。……任せて」
愉愛が角に隠れ、代わりに奏音が身を乗り出す。
同じように敵と向き合う。
脚を狙って引き金を引く。
針が敵を捉える。電流が敵の体をほとばしる。
「い゛っ……!?あ゛あ゛ぁあぁ!」
敵が倒れる。
「はぁ、はぁ……。ふぅ……」
「白鼓、息切れ早くない?」
「運動は得意じゃない、ってさっき言ったはずだよ……。それより、さっさとリロードした方がいいんじゃない?……はぁ。」
テイザーガンをリロードしながら、奏音の様子を確認する。
「……それにしたってすごい汗なんだが。図体でかいから常人より消費エネルギーが多い、とかあるのか?」
額の汗を拭いながら答える。
「この時間はいつも寝てるからね。……後で休息を取ることにするよ」
「倒れないでくれよ?」
テイザーガンをリロードしながら、愉愛に一言言い放つ。
「……まぁ、倒れたら置いてってくれれば」
制圧が終わった4階、最上階から二人は下りていく。
「……そういえば、あいつら銃持ってるのに撃ってこないな」
小さな声で互いに話し合う。
「……そうだね」
「今のところ、誰も殺されてない。それどころか、怪我すらさせられていない。そもそも、なんでこんな学校を襲ってるんだ?狙うなら、ここよりもっと……」
そう言いかけて、愉愛は青ざめた。
「……今、外はどうなってるんだ?」
この学校だけが狙われているのならまだマシだ。でももし他の学……
「後ろっ……!」
突然奏音が愉愛へ銃口を向けた。
しかし引き金を引くよりも速く、敵は愉愛を押さえつけて、盾にした。テイザーガンが愉愛の手から奪われる。
「クソッ……!」
「……ハア……ハア……まさか二人も脱走していたとはな……。連絡と違うが……」
最初にテイザーガンを撃ったヤツだ。油断した。満身創痍だが、気絶するまでには至っていないかった。この調子なら、もう一人もすぐに起き上がってくるだろう。こんなことなら、顔面を思いっきり蹴るなりしておけば良かった。
愉愛を盾にしながら、敵は無線で連絡を取る。
「……ハァ、脱走者確保。……こっちにはなさそうだ。そっちもか?……わかった」
敵はテイザーガンの銃口を向けながら奏音に話しかける。
「その武器を置け」
「白鼓……!」
「……俺たちは探し物をしてるだけだ。人殺しがしたいわけじゃない……」
奏音の頬を汗が伝う。
互いの銃口が向き合ったまま、周囲を沈黙が支配する。
このまま膠着が永遠に続くかと思われた時、ふと目の前を何かが横切った。
「グギャッ……!」
その何かは、見えないほどの速さで敵の顔面を蹴り飛ばす。
明らかに無事では済まなさそうな音と共に敵が倒れる。
「お前は……?」
二人と同じ制服を派手に着崩した人物が、そこには立っていた。
「1年3組!泉都河叙でーっす!」
倒れた敵を端によけ、笑顔でピースするその人物を前に愉愛は思い出した。
泉都河叙。先日の体力テストで学年どころか学校トップの成績を叩き出した。ただ、学期初めの実力確認テストではぶっちぎりの最下位という結果を出した。これが体育科ではなく、普通科で入ってきたものだから困ったものだ、と体育科の中で特に噂が広まっている。また、こいつも何度も校内放送で呼び出されている。入学1週間で。あと今初めて会って気づいたけど顔が恐い。目がガン開き状態、だいぶ猟奇的でキマッてる。
助けが来たことに安心しつつ、愉愛は本心を口にする。
「問題児二人目じゃねぇか…」
「二人目?」
「えっ、こういうときって普通、まずはお礼を言うべきなんじゃないっすか」
テイザーガンを拾いながら、軽く答える。
「あ、すまん。あんがと」
「助かったよ」
「先輩方、感謝足りてないんじゃないっすか?自分結構ピンチのところ助けたと思うんすけど…」
想像以上に軽い感謝の言葉に、叙はガッカリとした表情を見せる。
「いや、だって……。思いっきり顔面潰しちゃってるじゃん。僕はこういうものに対する耐性ないよ。普通に生きてきたら、人の顔がこんな形になってるの見ないし」
奏音は少し顔を青くしながら、敵の悲惨な顔面から目を背ける。
「これ生きてるのか……?」
愉愛は一応倒れている敵の脈を測る。……死んではいなさそうだ。
「いやこれぐらいだったら死にませんよ。大袈裟じゃないっすか」
叙は悪びれた様子を一欠片も見せない。こういったことをするのは、どう見ても初めてではなさそうだ。
この微妙に話が通じていない会話を、つい先程もしたような気がする。
「あ、おれは3年1組の月下愉愛」
「僕は同じく3年1組、白鼓奏音」
軽い自己紹介を済ませて、二人はテイザーガンを構え直す。
「詳しい話はとりあえず後でいいかな。あ、たぶん上からもう一体敵が来るよ」
「そうっすね。……今なんて?」
奏音が言った通り、すぐに満身創痍の敵が階段を下りてきた。二発目のテイザーガンを撃ったヤツだと愉愛は気づく。
次の瞬間、叙は容赦無く敵の顔面に拳を叩き込んだ。人体から出てはいけないような音がする。もちろん顔面は無事と言える形をしていない。
『…………』
二人の先輩は一瞬黙り込む。
「あー、その、泉都河……。次からは顔面以外を狙ってくれると助かるんだけど……」
「ちょっと絵面がヤバすぎるね。これ以上やられると僕吐いちゃうかも」
「一番気絶させやすいんすけどね……。でも吐かれると困るんで止めます!」
名残惜しそうながらも納得はしたようだ。
そういう問題ではない、と思いながらも愉愛は次のことに目を向ける。
「まずはこの階にいるやつら全員倒すぞ」
奏音は後輩に一応質問をしておく。
「そういえば泉都河君は武器なしで大丈夫?」
「大丈夫っす、自分はこの体が武器なんで」
「まあどう考えてもそうだよね」
自分よりも背丈は少し低いが、文句のつけどころがない運動神経を有している。少し分けて欲しいくらいだ。それに暴力沙汰には慣れているようだし、多少無茶させても大丈夫だろう。
「それじゃあ叙君先頭で行こうか」
「え、人使いが荒くないっすか!?銃撃戦の中に生身で突っ込めってことっすよね!?」
「賛成。テイザーガン誤射しても全然ピンピンしてそうだし」
「実弾当たっても大丈夫そう」
先輩達の言葉に叙はドン引きした。これ以上なく。
「さすがに自分でも、電流流されたり、実弾で撃たれたりして無事はないと思いますよ!?」
このまま渋られても困る。愉愛は一言付け足す。
「安心しろ。たぶんあいつら実弾撃ってこないぞ」
「これまで一度も撃って来てないんだよね」
「あ、じゃあ普通に行けますね」
「くたばりやがれ!」
敵が拳を振る。遅い。相手はそこらへんの喧嘩慣れしている、血気盛んな高校生よりも弱い。そう考えながら叙は相手の鳩尾に蹴りを入れる。
確実に捉えた。稲妻のような蹴りが命中した。敵が呻きながら倒れる。
「くたばんのはてめぇの方だよ」
念の為股間にもう一発蹴りを入れる。これで当分は起きてこないだろう。
そのまま前方に見えるもう一人の敵のもとへと走る。先輩達が言っていたとおり、敵は銃を構える素振りすら見せない。このまま突っ込む。
敵が防御の姿勢を取るよりもずっと速く、叙の拳が顔面を叩き潰した。ぐしゃりとした感覚が拳を伝う。死んではいないだろう。
「……泉都河君?」
「これでこの階は全員倒せたな。あと白鼓はちょっと遠くの方でも見とけ」
叙が叩き潰してきた敵に念入りにテイザーガンを撃ち、反応がないことを確かめながら二人は歩いてきた。
「あっ!最後気を抜いて顔面やっちゃいましたね!すんません!」
「……次は僕が吐く番かな」
「ここにはバケツもビニール袋もないからな」
「……それを用意してくれる優しい人もいないね……」
余裕を保ったまま、叙は質問する。
「このまま下に降りて全員潰すっていうことでいいっすかね?」
「その前に確認したいことがあるんだ。月下君、そこの倒れてるヤツから銃取ってきてくれる?」
「はーいはい」
言われた通り倒れている敵に近づく。銃については詳しくないから種類はわからないが、近くで見るとやっぱりカッコいいと思ってしまう。
「取ったぞ。……?金属にしてはなんかすっごい軽いな……?」
奏音に手渡す。
「やっぱり。これ偽物だね。弾すら入ってないし」
渡された銃を分解しながら淡々と事実を告げる。
「やっぱそうだよな」
「え゛っ、じゃあやっぱ自分らは騙されてた……ってことっすよね?」
叙はだいぶ大きなショックを受けたようだ。
「随分と馬鹿にしてくれてるよね」
奏音は笑いながら呟く。
「目が笑ってないぞ」
「……ははっ」
叙が何か呟く。
「泉都河?大丈夫か……?」
「あっはははははは!いいっ!度胸っ!してやがんじゃねえかあぁ!?」
大声で笑いながらブチ切れている。ここまで自らの生命の危機を感じる笑顔は見たことがない。
「あそこからもっとヤベェ顔できんのかよ……」
「ひぇっ……」
その恐ろしい形相のまま、叙は二人の先輩に告げる。
「行きましょうか!正面突破で!」




