忘れ物
【注意書き】
※この物語は全てフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
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私が通勤途中にコンビニで朝食を買うようになって気が付いたが、そのコンビニは昨今の健康志向にそぐわずやたらと喫煙コーナーが広い。お蔭で通勤途中のサラリーマンや近くの運送会社のドライバーたちが仕事前にコーヒー片手にたむろしている。
その喫煙コーナーに何か黒い塊が転がっている。いつも私が立ち寄る時間にはバイク乗りが何本も煙草をふかして一つのスタンド灰皿を陣取っているので彼の持ち物であろうと思っていた。毎日毎日、雨の日であろうが、その黒い塊は灰皿の下にあった。
今日は私が会計を済ませたと同時にその彼が立ち去るところだった。黒い塊はまだスタンド灰皿の横にあった。
バイクのエンジン音がかかったので慌てて忘れ物ですよ、と言いかけたが振返ると黒い塊はなくなっていた。首を捻り朝食を買って出社した。
休日を挟み、再びいつものようにそのコンビニに行くと喫煙コーナーで騒ぎがあった。小火かな、と思ったが例のライダーが浮浪者に絡まれていた。浮浪者は見るからに正気ではなく何事かを喚いている。
「おまえが、おまえがやったのか!」
その声は正気を失っている者とは思えない芯のあるものだった。バイク乗りは明らかに苛立ちながら大声で言い返していた。
「うるせえジジイ! 何もねえじゃねえか!」
浮浪者が震える指先で差す。そこにはスタンド灰皿の下の黒い塊。いつもの見慣れた黒い塊。しかし、ぴくりと動く。動いた。動いたのだ。ごろりとこちらを振返るように動いた。
黒い塊は女性の生首だった。ぼろぼろの黒い長い髪に覆われた生首は眼を見開いて開いた口からは何かを訴えるように呟いている。
だが、それに気付いているのは私と浮浪者だけだった。バイク乗りも、騒ぎを見ていた野次馬も、コンビニの店長も気付いてはいなかった。
やがて、コンビニの店長が通報したのであろう、警察が来たがライダーは絡まれて気分が悪いと言って去り、浮浪者はパトカーに連れられて生首は消えていた。私はそのコンビニに行く気が起きなくなった。朝食も弁当を作るようになった。
あれから一年後、テレビのニュースであのバイク乗りが警察に逮捕されたと報道があった。交際していた女性をばらばらにして遺棄。私はあの生首以外の心霊現象は遭遇していないが、見たくもない。これ以上、日常を乱されてたまるものか。