2.イカレタ信頼
「小鳥遊、僕に話しかけないでくれ」
そういい残し僕はその場を去った。
確かに僕は友達を作りたい。しかし柚子は別だ。僕と彼女はもう関わるべきではないのだ。
教室に戻ると僕以外の生徒は残っていなかった。空いた教室に1人。同じ1人でも、いつもとは違い、さほど寂しさを感じない。むしろ心地よい。柚子に会ったせいだろうか。久しぶりに人に話しかけられ少し舞い上がっているのだろう。
「今日はもう帰ろう」
僕は帰路へついた。
今日もまた登校中の僕の回りには空気の円ができている。確かにできているのだが、なぜか円の中心が定まっていない。原因はとなりのこいつ、小鳥遊だ。
「浩介、なんで無視するの?ははーんさては二年ぶりにあった私が美少女過ぎて照れてるんだ。」
「…」
「返事もできないほど緊張してるのね。まるで生まれたての雛みたいに震えちゃって」
そういうと柚子は僕の背中をバシバシ叩く。
痛い。控えめにいって超痛い。
「誰が生まれたての雛だ。そして痛い。力が強い。だいたい僕は昨日話しかけるなと行ったはずだ。」
「お、雛が鳴いた。成長ですな」
柚子はけたけた笑っている。
「…」
僕は柚子を振り切ろうと足を速める。
「ちょっと、なんでおいていくわけ?」
無視だ無視。教室に着いたら柚子も諦めるだろう。
「はあ、はあ」この2ヶ月運動してなかったから思った以上に体力が落ちていたらしい。席について息をととのえていると、
「だから何でおいていくの?」
柚子が追い付いてきた。
「いいかげんにしてくれ。僕はもう君と関わりたくないんだ。自分の教室に戻ってくれ。」
教室が静まり返る。
「…」
少し強く言ってしまった。でも柚子にはこれくらいがちょうどいいだろう。僕と彼女はもう関わるべきではないのだ。
「わかった」
柚子は絞り出すように返事をした。
クラスメイト達の視線を感じる。普段人と喋らない僕が人と話していることへの好奇心だろうか。それとも単に僕の大声が気に触ったか。
どちらにせよこのまま注目を浴び続けるのは本望ではない。柚子には早く教室に戻ってもらおう。
「それと佐久間君。私の教室ここだから。」
そういうと小鳥遊は俺の左斜め後ろの席に座った。
今日の朝礼は長引いた。転校生として柚子がやってきたからだ。僕がこの2ヶ月彼女に気づかなかったのは当然だったというわけだ。
柚子は美人だ。だから今日はもっと話しかけられると思っていたが、どうやら朝の件で皆話しかけるのをためらっているらしい。
悪魔と話した人間というレッテルの効果は絶大だった。柚子もクラスメイトに話しかけようとする気配は見せず、一日中一人で過ごしていた。
放課後。いつも通り一人で帰ろうとする僕に来客があった。朝霧雫僕の担任だ。年齢はおそらく30代。この学校の教師の中で最も美人だという声も多い。
「佐久間、職員室まで来てくれ。」
何かしでかしただろうか。強いてあげるなら今日の昼休み間違えて女子トイレに入りかけたところを誰かにみられていた可能性があるぐらいだ。
「失礼します」
「佐久間か。こっちに来てくれ」
朝霧先生は僕を面談室に通した。
「何で呼ばれたかわかるか」
「検討もつきません」女子トイレの件ではないことを信じよう。
「別に佐久間が何かしたわけではないから安心してくれ」
女子トイレの件はばれていなかったらしい。
「僕の社会的地位は保たれたわけですね。」
「何を言ってるかわからんがおまえに保つような社会的地位はないだろう」
なんともまあ性格の悪い人だ。
「性格悪いですね」
おっと思ったことが口に出てしまった。
「ククク悪魔に言われたくないな」
朝霧先生は楽しそうに笑う。どっちが悪魔だか。
「悪魔はあなたでしょ」
おっとまた口が滑った。
「だいたい僕が学校でどんな扱いされてるか知ってるんだったら、どうにかしてもらえますか?」
僕がこの2ヶ月どう過ごしてきたか。是非味わってほしいものだ。
「どうにかって何だ?佐久間くんの噂は根拠のないものです。噂を信じないようにとか言えばよかったか?そんなことをしても君がさらに居心地悪くなるだけじゃないのか」
「…」
たしかに教師に助けてもらうというのは手段のひとつかもしれない。ただ今回は噂だ。それも社会に出回っている。教師が注意したところで思想は変わるものでもない。
「だいたい君の噂は中学の事件が原因だろ。つまり高校の管轄外だ。私が手助けするものでもないだろう」
「だとしても僕がこの2ヶ月どんな風に生活してきたか知っていたら助けようという気持ちもわいてきたんじゃないですか?」
「知ってるさ。登校中は君を中心に半径5メートルの円ができていることとか。隣の席の高田に話しかけようとして失敗したこととか。昼休みはいつも購買で買ったパンを一人寂しく中庭で食べていることまでな」朝霧先生は得意げに語った。しかしストーカー被害で訴えたら勝てるのではないだろうか。
「教師ってのは思っているより生徒のことをよくみてるんだよ」
朝霧先生は僕の頭をポンポンと叩く。
「そこまで知ってて何で何もしてくれなかったんですか」
腹が立ったというよりは呆れてしまった。
「さっきもいっただろ高校の管轄外だ」
それを言われると言い返せない。
「それに私は君を信頼してるんだ。」
「信頼ですか?友達もいないような奴を?」
「そう信頼だ。君はこの2ヶ月休まず高田に話しかけていた。イカれてるね。反応もない人間に話しかけ続けるなんてイカれてる。それでも君はやってのけた。」
美人に褒められるというのはこうも気持ちがいいものなのか。
「だから私は君なら1人で乗り越えられると思ったんだよ」
「過大評価しすぎですよ」
本当に僕には何の力もない。女の子一人幸せにできないくらいに。
「そこでだ。信頼してる君に頼みがあるんだ」
そういえば本題はここからだったか。
「小鳥遊柚子のことだ」
「小鳥遊?」
「今日は彼女の転校初日だろ。こちらとしても気にはしていたんだが、どこかの誰かさんみたいに誰とも話してなかったんだよ」
「どこの誰でしょうか」
「もっとも君は相手に受け答えされないのだから話そうとしても話せないのだがね。」
余計なお世話だ。
「学校案内をしてるときの小鳥遊はもっと明るく誰とでも分け隔てなく接するタイプだと思っていたのでこちらとしては意外だったんだ。」
「それで僕は何をすればいいんでしょうか。できれば小鳥遊とは関わりたくないのですが。」
「教師は生徒をよく見ているといったろ。君が今朝彼女と登校してきたことも知っている。それに彼女は君と同じ中学だろう。」
「だから関わりたくないんですけど。」
「おおかた君が原因だろう?彼女は今朝は元気そうに見えたぞ。」
僕に非があることはわかっている。
「でも僕は…」
「気にしなくても彼女は君が思っているより強いんじゃないか?」
どうだろうか。中学の彼女は引っ込み思案であまり人と仲良くするのが得意ではなかった。
少なくとも僕は彼女につよいという印象を抱いたことはない。
「人は成長するもんだよ。壁を乗り越えてな。君もそうじゃないのか?」
「僕は…」
「信頼してるぞ。」
朝霧先生は去っていった。
どうしても彼女と関わらないといけないのだろうか。関わるとしてもできるだけ短く…
長く静かな夜がふけていく