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第三部:永遠の分配(終)

ついに本格的なアムリタの採掘が始まった。マンダラは海底から巨大な円筒形の容器を引き上げ、その中にはかつてない量のアムリタが含まれていた。K博士は施設内で形成された秘密の反対派グループ「真実の探求者」に加わり、アムリタの真の性質と計画の裏側を暴こうとしていた。彼らは、アムリタが単なるエネルギー源ではなく、意識そのものに影響を与える物質だと確信していた。

グループのリーダーは、以前は量子物理学者だったという女性で、彼女の理論によると、アムリタは現実の基盤となる量子場に直接影響を与えるという。「それは物質と意識の間の境界を溶かす」と彼女は説明した。「古代人はそれを神々の飲み物と呼んだが、それは神になるための物質ではなく、すべてがすでに繋がっていることに気づくための触媒なのだ」。

施設外では、各国間の緊張が高まり、アムリタの所有権と利用権をめぐる外交的対立が始まっていた。ニュースは断片的にしか施設に入ってこなかったが、世界は新たな冷戦状態に入ったようだった。超大国はアムリタ技術の軍事利用を模索し、小国は公平な分配を求めていた。宗教団体は、アムリタを「神の領域への侵入」として非難した。

K博士たちの調査により、マンダラ計画の設立に関わった古い文書が発見された。そこには、古代の乳海攪拌の神話との奇妙な類似点が記されており、アムリタが過去にも発見され、古代文明の崩壊をもたらした可能性が示唆されていた。文書によると、アムリタは定期的に地球上に現れ、人類の進化の次の段階を促すものだという奇妙な仮説が記されていた。

施設内では階級制度が強化され、科学者たちは「アムリタへの適応度」に基づいて区分けされた。K博士は最下層に格下げされ、アムリタと直接関わる作業から外された。しかし、彼はこの地位を利用して、より自由に施設内を動き回れるようになった。彼は警備システムの盲点を見つけ、立ち入り禁止区域に侵入して証拠を集めた。

ある日、K博士は「中央処理室」と呼ばれる施設の心臓部に侵入することに成功した。そこでは、アムリタが複雑な機械によって処理され、濃縮されていた。部屋の中央にいたのは、かつての上司であるZ教授だった。彼はK博士の存在に気づくと、意外にも歓迎した。「君が来るのを待っていた」とZ教授は言った。「私たちはアムリタを理解するために、異なる視点が必要なんだ。君のような否定的な視点もね」。

Z教授はK博士に衝撃的な事実を明かした。アムリタは単なる物質ではなく、ある種の集合意識の具現化だという。それは地球の深海で何十億年もの間、進化してきた知性体で、今、人類との接触を試みているのだという。「私たちはそれを支配しようとしているが、実際にはそれが私たちを選んだのかもしれない」とZ教授は言った。

しかし、K博士はZ教授の言葉を完全には信じなかった。彼は「真実の探求者」の仲間と計画を練り、アムリタの真実を世界に公表しようとした。彼らは施設の通信システムを乗っ取り、収集した証拠と共に警告メッセージを発信しようとしていた。

しかし、計画実行の前夜、K博士は奇妙な夢を見た。彼は海底にいて、自分がアムリタそのものであるかのように感じた。彼の意識は拡散し、地球上のすべての生命と繋がっていた。目覚めた後も、その感覚は残り、彼は自分の使命に疑問を持ち始めた。真実を公表することが本当に正しいのか、それとも人類はまだ準備ができていないのか。

その夜、アムリタの大規模採掘が成功し、各国の代表者たちが施設に集まり、分配計画を議論していた。世界の指導者たちは、アムリタがもたらす力を前に、かつてない協力と同時に激しい競争を見せていた。K博士たちは、アムリタが人類の意識を集合的に変化させる可能性があると警告するレポートを作成し、配布しようとしていた。

しかし、K博士が最終的な証拠を集めようとした夜、彼はアムリタの主貯蔵施設に忍び込み、警備システムの誤作動で、その物質に直接触れてしまう。彼の意識は一瞬にして拡大し、人類の過去と未来、そして無数の可能性を同時に経験した。彼は自分が神話の一部になったように感じた。彼はヴィシュヌであり、シヴァであり、すべての神々と悪魔だった。彼は乳海攪拌の真の目的を理解した──それは不死を得ることではなく、すべてが一つであることを理解することだった。

数週間後、K博士は一般人として街中を歩いていた。彼の記憶は断片的で、マンダラ計画での出来事のほとんどを思い出せなかった。しかし、彼の周りの世界は微妙に変化していた。ニュースでは、世界各国が前例のない協力関係を築いていると報じられ、人々の間には奇妙な集合意識が芽生えているように見えた。科学者たちは突然の発明や発見を報告し、芸術家たちは前例のない創造性を見せていた。

カフェに座りながら、K博士はふと、自分の体内にアムリタの微量が残っているのではないかと思った。そして、自分は知らないうちに変化の媒介者にされたのではないか、という疑念が頭をよぎった。窓の外を見ると、空には奇妙な色合いの雲が広がり、人々は皆、同じ方向を見つめていた。彼は自分のコーヒーカップを見下ろすと、その液体が一瞬、青白く光ったように思えた。

カフェを出て街を歩きながら、K博士は通りすがりの人々の目を見た。彼らの瞳には、微かだが確かに、海の深さを思わせる何かが宿っていた。変化はすでに始まっていた。彼が理解しているかどうかに関わらず、新たな時代が到来していた。K博士は立ち止まり、空を見上げた。雲の間から見える青い空は、まるで深海のように思えた。

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