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第二章 【ダイヤモンド・ピッグ①】


「っと言うわけで鈴之塚響に憧れてこの学校に入学したんだ~」

「へぇ~そんなことがあったの。・・・って違う!私が聞きたいのはそこじゃないっ!!なんで女の格好なのかってことなのよ」



結夏は話の途中よろめきながら教卓の椅子に腰を下ろした。そして何度もため息を零していた。

結夏が引っ越したのは小学生に入学してからだった。その時の優はまだ可愛い少年だった。そう。可愛くても少年だったのである。それが、いつどこでどう転んで女装趣味が芽生えたのか。結夏には全く理解ができなかった。


「ほっほら、アタシ昔から可愛かったでしょう?」

「可愛いのは認めるが女装趣味は聞いてない!」

「これはその、綾からのアドバイスで『鈴之塚響の隣を目指すならカッコイイ系じゃムリ』って断言されて。でもボクの可愛さに勝る人はいないから、極めるなら女にするべきだって話が落ち着いてね、ね?」

「・・・綾さん。それほどまでに以前の優が嫌いだったのね」

「うん。かなり嫌ってたよ。アタシのことムシとかブタって呼んでた」

「はぁーでもその格好、バレたらただじゃ済まされないわよ。退学覚悟でやってるんでしょうね?」

「たっ退学・・・」

「当たり前でしょう!男のアンタが女として入学なんて問題ありに決まってるじゃない!」

「もちろん最悪のリスクも考えてるよ。それでも・・・それでも、もう一度鈴之塚さんに会いたいんだ。裸の王様になってたボクを救ってくれたあの人に」

「優・・・」


優の目に迷いはなかった。結夏の知る優はいつも優しかった。自分が遊んでいたオモチャを直ぐ貸してくれたり、遊具の順番を譲ったり。最後の一枚のクッキーは隣の子にあげていた。そんな優が自らの強い意思を持ってここに立って居ることが意外だった。会えなかった数年の間に彼は成長したのだろう。それは幼少期を共に過ごした結夏にとって、嬉しくもあり少しだけ寂しさも残した。いつも自分の先を歩いているように思える。


「なっ!だから結夏。約束してくれるだろう?」


両手を合わせて懇願する優。まるで小動物のように感じた。結夏は腰を上げた。黒板の数式はい誰が書いたのだろうか。結夏にはまだ問題を解くことができない。ここで学べばいつかその問題を解くことができるのだろうか。結夏は黒板を綺麗に消した。黒板に白いチョークの跡が残った。


「・・・しょうがないわね。相変わらず世話が焼けるんだから」

「さすが結夏!話がわかるなぁ。ありがとう」


結夏は口をとがらせながら優に背を向けた。幼少期から勉強も運動も得意だった。けれど転勤続きの家庭に加え、融通が利かない性格に友達と言う友達もあまりいなかった。優はその数少ない友達でもあり、結夏の初恋の相手なのである。


「とりあえず、今日はここまでにして私はそろそろ行くわ」

「一緒に帰らないの?」

「少し寄るところがあるから」

「寄るところって入学初日にか?」

「私、生徒会に立候補するの。新入生代表の挨拶は優に捕られたけど・・・まさか優も生徒会の座を狙ってたりする?」

「まっまさかボク・・・あっ違、アタシには無理だよ」

「今度は優に負けないんだから」


結夏は目を吊り上げ、対抗心を優に向けた。優は苦笑いしながら頬をかいた。いくら勉強ができてもまとめ役は苦手だった。

二人は理科室から出ていき、結夏は生徒会議室がある本館へ優は荷物を取りに教室へ戻った。


□□□


「それにしても、この学校に入ったはいいけど鈴之塚先輩にどうやって近づこうかな。いっそファンクラブに入るか」


あれ程人気だと近づくのは容易ではなさそうだった。演劇部に入るのも手だが、演劇経験が全くない自分ができるとも限らない。おまけに声変わりした声を張り上げると男であることがバレそうだ。

窓ガラスに映った自分の愛らしい姿に笑みがこぼれてしまう。ゆるく巻いた髪を首元に流した。そすれば少し出ている喉仏が上手い具合に隠れるのである。カバンからグロスを出し、取れかけた唇にそれを塗ると、ぷるんと潤う。


「可愛いって面白いな」


そこに嘗てのブタはいない。

『退学覚悟でやってるんでしょうね?』結夏の言葉を思い返す優。

初めて鈴之塚にあった日、優の中に突如として込み上げた感情。それは単純に嫉妬や羨望、羞恥ではない。どの言葉も当てはまらないのである。ただそれが、爆発的なエネルギーとなって優を変えさせたことは確かだった。鈴之塚響に恥ずかしくない人間の姿になりたい。その強い思いが突き動かしたのだ。他人からすれば『それだけで』と言われそうだが優にとってはそれが全てだった。


「ねぇ君、一年生だろう?近くで見るともっと可愛いね」

「いいね、いいねぇ~俺タイプだ」

「バーカ俺が先に見つけたんだ」


誰もいない一年の新校舎。ここは一年しかほぼ出入りはないはずだ。

しかし優の前に現れた二人組の男は上級生だった。この椿ヶ丘高等学園は学年によってリボンとネクタイの色が違う。優たちは赤、一つ上の鈴之塚は青。この男達は緑だった。


「初日で緊張しただろう。俺達が学校案内するよ~」

「そうだ!この後ヒマ?遊びに行こうよ」

「結構です。そこを退いてください」

「怒った顔も可愛いなぁ」


優は上級生の間を通りすぎようとした。すると突然、腕を掴まれ力づくで教室へ引きずり込まれてしまった。

暗幕が掛かけられた教室は昼間だというのに真っ暗だった。

優は必死でもがき、声をあげようとすると一人の男が口を押えた。さすがに自分も男だとは言え、男二人組では分が悪い。極めつけに正面と背後に優を挟み込む形で立っている。優の背後から羽交い絞めにされ「捕まえた」と熱のこもった声に背筋が凍りつく。後ろを見ると、欲を孕んだ目でこちらを見下ろす男の姿。初めて向けられた視線に悪寒がする。本能的が逃げろと告げている。


「はっ離せ!!んぐぅ」

「おい、ちゃんと口ふさいでろ」

「ゴメンゴメン。さ、大人しくしててねぇ~みんなで仲良く遊ぼうゼ」


再び抵抗を始めた優だったが、後ろにいる男に両手をつかまれ体が上手く動かない。

前にいた男の手がぬるりを優のブラウスのボタンに触れた。焦る優に男たちは笑いながら、その手を消して止めようとはしない。ひとつ、ふたつと外していく。

まずい。とにかくまずい。このままでは初日早々に自分が男であるとバレてしまう。この学校に入学した意味がない。その時、ガララと突然ドアの開く音と光が差し込んできた。男達は慌てた様子でドアの方へ振り返る。


「誰だ!?」

「クソッこれからって時に」

「たっ助けて!!助けてくださいっ」


すがる思いで助けを乞う優。声を張り上げた時に気が付いた。

鈴之塚響が立っていることに。


鈴之塚は、教室に入って来るなり優の前にいた男の顔面に飛び蹴りを食らわせた。長い脚が優の顔を横切ると前髪が風圧で揺れる。見事に顔面クリティカルヒットにより男は簡単に伸びてしまった。


「男二人で新入生をイジメるなんて。決して看過できるものではないな」

「すっ鈴之塚!お前なんでここに」

「君達が一年の廊下をうろついているの見掛けてね。おかしいと思って来てみたらこの座間さ」


鈴之塚は優を拘束する男をギロリと睨むと、男はカタカタと震えだした。


「ちっちげーよ。オオラァ止めようって言ったんだ。だけどコイツがどうしてもって・・・うわぁぁぁ」


男は慌てて教室から逃げるように出て行った。

何がどうなったのか優には理解できなかった。とりあえず助かった。しかも鈴之塚響によって助けられたのである。思わずその場に力なく座り込む優。響は優の乱れた制服を丁寧に直した。


「大丈夫?怖かったよね。安心してもう大丈夫だから」


響の見事な対応に惚れ惚れする優。目の前にはあの日以来、憧れた人物がいた。

この日の為に自分は変わった。変われたのだ。再会のシミュレーションを何度も頭の中で予行練習した。しかし、そのどれも当てはまらない結果となった。今の姿はなんだ。優の中に悔しさが込み上げそうになった時だった。目の前に響の手をが差し出された。


「オレは二年の鈴之塚響。よろしくね。校門まで送るよ」

「・・・ありがとうございます。私は一年の来栖優です」


大好きだった豚の角煮丼を封じ、地獄のようなダイエット、毎日続けたブツブツの肌の手入れ。辞めたいと何度も思った。何度も思ったけれど、辞めなかった。全てはこの日の為に・・・。

優はあきらめなくて良かったと痛感した。そしてあの人同じように、響の手を取った。


□□□


優と響が歩いていると、生徒達が次々に振り返り二人を見た。女の子から向けられる熱い視線や男の子から聞こえる落胆の声。それらは優が待ち望んだ景色でもあった。幼少期、優は近所ではちょっとした有名人だった。今、周りからの羨望の眼差しはあの頃と同じ、もしくはそれ以上だった。緩みかけた口元に優はハッとし響を見上げると瞳が合った。鈴之塚響とは、なんとかっこいい人なんだろう。自分の憧れが正しかったのだと改めに認識した。その隣に今自分が居るのだ。


「すっ鈴之塚先輩。先ほどは助けて頂いてありがとうございました。アッアタシ・・・その、えと・・・前に鈴之塚先輩の舞台見に行ったことあるんです」

「そうだったんだ。ありがとう」

「はい。その時とっても、とっても素敵だなって思って。それでこの学園に入ったんです」

「あれ、君は演劇部希望なの?」

「いえ・・・。そういうわけでは・・・ないんですけど」

「ふふふ。そっか、それは残念。可愛い新入生がいるって一日持ちきりだったよ。君も大変だったんじゃない?オレも去年そうだったからわかるよ。加えてさっきの連中ときたら・・・。初日から変な奴らに絡まれてイヤだったとは思うけど、また困ったことがあったらいつでも頼ってくれていいからね」

「はっはい!ありがとうございます」


優は響だけに自分が男であることを伝えるつもりでいた。それは自分が人間に変われたことへ感謝を一番伝えたいと思ったからだ。入学してまずは響に近づくことが目的だったが、意外にもその転機は早くやって来た。優は今度こそ予行練習した通りに響に切り出そうとした。

が、予想以上の生徒達の声に戸惑っていた。生徒達が後から来ては二人を見つけ騒ぎだした。美男美女だとあっという間にギャラリーができる。響は慣れていのか、周りに配慮をしながら歩いていた。

今日は言えないかもしれない。明日にでもと思った優。

そこへ不穏な音が近づいてきていた。ガラガラと鉄を引きずるような音がゆっくりゆっくりと二人に近づいていく。先ほどの男が鉄パイプを持ち、ぶつぶつと聞き取れない声を発しながら優と響へ向かっている。


「なに・・・?」

「ちょっちょと、早く帰」

「キャッァァア!!」


一人の女子生徒がそれに気が付くと、学園に似つかわしくない叫び声が響き渡った。それに気づき足を止める優と響。辺りを見渡し、先ほどの男に気が付いた。そして鉄パイプを振り回しながらこちらへ襲い掛かって来た。


「だっ誰か先生をっ!!」

「コノヤロー!俺を、俺様をコケにしやがって鈴之塚ぁぁああああ!!!」

「キャァァアア!!」

「危ないっ!!」

「先輩っ」



二人の頭上に鉄パイプが振り上げられた。

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