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【真珠が似合うブタになりたくて⑥】


すると、鈴之塚が二人の後ろにいる優に気が付いた。


「君も来てくれてありがとうね。翔太先輩の従弟なんだろう?なんとなく似ているね」


優が俯いていた顔を上げると、その輝かしい笑顔に胸を撃たれた。ここには自分と鈴之塚しかいないような感覚だった。周りの空気が清浄されていく。なんだこの清涼感は。鈴之塚が優に手を差し出した。一瞬、自分の汗だくの手を忘れ気が付けば鈴之塚の手を握っていた。


「あっごめんなさい。ボク手汗酷くて」

「手汗?・・・アッハハ。面白いね君。そんなの全然気にならないよ。むしろオレの方が舞台終わったばかりで汗だくさ」


その時シュッと清涼スプレーを掛けられているような心地よい感覚になった。違う。そんな作られたものではない。清水で手を洗っているようなそんな感覚に近い。汗だくの手が清められ、同じように心も洗われていく。この瞬間を留めておきたいと思った。


「あっ綾!写真撮って直ぐ!!」

「なんで私が」

「いっいいから!!あの、いいですか?」

「もちろん」


綾は小言を言いながらもスマホで写真を撮った。優をカットし鈴之塚響だけ撮ろうとしたが、久しぶりに見る弟の生き生きとした眼差しにそれができなかった。写真を撮り終えると、優は満足げに深々と頭を下げ会場を後にした。優の後ろにもたくさんの客が列を作っていた。



□□□


「それにしても鈴之塚さんかっこよかったなぁ~」

「翔太君の話じゃ演劇を始めたのは高校生になってかららしいぞ」

「すごいわねぇ。一人でも華のある子がいると、舞台も映えるわね」

「うん!去年より断然面白かった!!」


デパートでお茶を飲みながら、話は演劇でもちきりだった。

優は今日の目当てでもあったフルーツパフェを注文したが、演劇のパンフレットを一字一句チェックしていた。鈴之塚響のコメントと写真を一通り見終えるとチーズケーキも注文した。

とけかかったアイスクリームをすすり、スプーンの上に乗せたシャインマスカットを乗せた。口に運ぶ途中に零れそうになり、ずぅと音を立てて口の中に吸い込んだ。


「でもさ鈴之塚さんも確かに素敵だったけど、可愛さで言ったらボクだって負けてないでしょう?」


可愛いと言って育てられてきた。勉強だってできる。祖父母からは今でも神童だと言われる。少しだけぽっちゃりしてはいるけれど、もとの可愛さは失われてはいないはずだと優は思った。

静宮のことも、やはりあれは思春期特有の照れ隠しだったのではないだろうか。嫌いよ嫌いも好きの内と、こないだ関西出身のお笑いがテレビで節をつけながら流暢に踊っていた。現に先ほどの鈴之塚響は、自分の手汗に対しなにも気に留めていなかったではないか。鈴之塚の外見は確かに驚きはしたが自分だって幼少期は近所で有名だった。


「ん?」


家族からの返事がないことを不思議に思い、優はパフェから目を離した。前に座る母とその隣に座る綾を見た。沈黙を破ったのは綾だった。いつものように、バッカみたいと吐き捨てた。いや、いつもとは何か違う。哀れんでいるかのように語尾が消えていった。


「ふふふ、そうね昔は優ちゃん可愛いかったものね。女の子見たいってご近所さんでも評判だったわ」


『昔』と付け加えられたことに優は驚いた。口についたクリームがぼとりと膝の上に落ちてしまった。

母の隣で紅茶を飲んでいる綾は顔を強張らせている。コメカミをピクピクとさせながらこちらを見た。


「体が太くなると神経まで図太くなるのね。いつまで可愛いと思ってんのよ。鏡見てないの?今のアンタのどこに可愛い要素があるって言うの。ただの冴えないデブブタよ」

「綾、外であまりそう言う口をきくな。恥ずかしいぞ」

「またそうやって優を庇うんだから。恥ずかしいって言うなら今の優の体系はなんなのよ。恥ずかしいことこの上ないわ!いいわ。この際だからハッキリ言ってあげる」


いつもハッキリ言われているが、と優は思ったが鬼女と化した綾には何も言えない。だが優が黙っている理由はそれだけではない。隣で困ったように笑う母が、綾の言葉を裏付けているように思えたからだ。おまけに父も綾の口調には注意するものの自分へのフォローは一切ない。綾はスマホを取り出すと先ほど優と礼が握手している写真を見せつけた。


「これ見なさい!さっき撮った写真よ!こんなんで鈴之塚さんと張り合おうなんて頭おかしいんじゃないの!?」

「え、っ・・・なに?だれ?」

「あら?さっきの写真?良く撮れてるわね。うん。優君も可愛いわよ」

「ちょっとママ!またそうやって甘やかして。コレのどこが可愛いのよ」

「やはり鈴之塚君はスマートでカッコいいな。翔太君もハンサムだとは思っていたが。まぁオジサンの私からしたらどちらもイケメンだが。優は可愛い系だからな。うん」


優はその写真に絶句した。得体の知れない物体があの美しい鈴之塚響の隣に置いてある。これが今の自分なのだろうか?まん丸だったはずの目は肉で埋もれて一重になり、ダッフルコートを着た汗だくのデブい塊がこちらを見ている。ぎっとりと顔についた皮脂は清潔感の欠片もない。これが鈴之塚響と同じ成分で出来た人間?グルグルと頭の中に疑惑が浮かんでくる。だがそれは紛れもない真実の写真。


「イヤァァアアア!!!ヤメテェェエ!!」


優雅なカフェに響き渡る奇声。何事かと周りの視線が優に向けられた。

あの写真が眼球にこびり付く。誰かに見られていると感じると恥ずかしくて仕方がない。あの痴態が、ここにあるのだ。穴がったら入りたい。消えたい。優は心の中で叫んだ。こんな無様を晒して生きて来たかと思うと恥ずかしくてたまらなかった。それはもはや恥部を晒しているような感覚に近い。


「これは何かの間違えだ!ボクはボクはこんなんじゃないっ!!もっと可愛いはずだ!!」

「ゆっ優君どうしたの落ち着いて」

「ボクはこんなんじゃない!綾の撮り方がわるいんだ!!ボクはこんなブタじゃない!」

「はぁ!?人のせいにする気!?」

「優、座りなさい。人様の迷惑だぞ、綾も・・・」

「あぁーそうだったわね!これじゃブタに失礼よね」


綾は持っていた鏡を優に突き付けた。そこには鼻の穴を広げ息を荒らげる無様で醜い自分が映っている。生温い液体が頬を流れた。食べかすが口の周りに付いていて本当に見苦しい。

優は一大決心したのである。鈴之塚響に引けを取らない魅力を手に入れると。



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