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【真珠が似合うブタになりたくて⑤】


休日の都内は人で溢れていた。椿ヶ丘高等学園の演劇部の卒業発表は都内某ホールで行われた。

演劇など然程興味のない優だったが、それでも付いて来たのは老舗デパートのフルーツパフェが目当てだった。とても美味しいのである。たっぷりのバニラアイスと生クリームに溢れるようにもりつけられた煌めくフルーツ。メロンにマンゴー、シャインマスカットとフルーツの長たちが集う武将のようなパフェ。去年食べて虜になった。


「えー優の隣イヤだ。パパが先に座って」

「でもそれだと綾が舞台から遠くなるぞ。見えにくくないか?」

「狭いよりマシ。大丈夫」


父と綾のやり取りに優は面白くなさそうな顔を見せた。姉弟とは露骨な関係だと感じた。優は綾を視界に入れないようにパンフレットをみながら始まるのを静かに待った。


「あっ翔兄載ってるよ。『キューテット伯爵 榊原翔太』ん?なんだ~主役じゃないのか」

「それでもすごいことなのよ。部員さん多いのに配役されるんだから」

「そうそう。椿ヶ丘では新設の演劇部だが評判はいいらしいな。部長ともなれば他にも色々仕事があるだろうし」

「翔兄昔から面倒見良かったもんね。いいなぁ~私も翔兄みたいなお兄ちゃんが欲しかった」


ジジジジィィイと開演のアラームが響いた。ロビーにいる人は席に戻るようにというアナウンスを何度か繰り返した後、ゆっくりと暗転していく。

確かに、翔太は切れ長な目でキレイな顔をしている。背も高くスマートだ。翔太の母もよく自慢していた。身内贔屓もあるかもしれないが、そんな彼でも主役にはなれないとは些か不思議だった。去年の正月に会った時は、主役を取れそうだと気合が入っていたのに。演劇に然程興味のない優はイチゴオレのパックジュースを飲みながら寝ようかと考えていた。深く腰を掛け、その体制に入る。幕が上がり壇上に主役が現れた時、優は度肝を抜かれた。


「あぁ、麗しき姫たちよ。今宵は宴、地位や身分など気にせず思う存分楽しもうではないか!」


余りの衝撃に優の口からイチゴオレが零れた。優だけではない。おそらく会場にいた誰もが彼の眩い存在に目を惹かれた。現れた瞬間、会場にいた観客全員が息を呑んだのがわかる。口を押えながらその存在に驚愕する者、息が止まる者、瞬きさえも忘れるような感覚に会場は包まれた。そして彼が台詞を発する度に会場の空気が変わるのである。文字通り見る者全てを魅了するのだ。


「王子様役の子素敵な子ね。あら、優君イチゴオレ零れてるわよ。ホラ拭いて」

「んむぅ」


隣の母が優の口を拭いたが、優の視線は彼から離れなかった。男の自分ですら美しいと感じる。繊細の中に滲む逞しさ、スポットライトのオプションがなくとも彼は発光しているのではないかと思わせる程だった。優の心の奥底からマグマの様な熱が沸々と静かに湧いて来た。それが、どういった感情なのかわからない。わからないが、頭を金槌で思いきり殴られたような衝撃を受けた。こんな人間が存在するのだ。翔太が主役などできるはずがない。こんな逸材を前にしては誰もが脇に下がり霞むだろう。これは、これは・・・。優は前のめりになっているのも気づかないまま舞台に釘付けとなっていた。


「ステキだったわねぇ」

「王子役の子だろう?かなり目を引く子だったね。さっきパンフレット見ていたけど、まだ一年だって。ほらここに」

「一年って私と同い年じゃない。いやぁ~ん素敵すぎる。私も椿ヶ丘に行けば良かった」

「ボッボクもパンフレットみたい!」


優は綾が開きかけたパンフレットを身を乗り出して奪った。

いつもの綾ならキンキン声で怒鳴って来るところだが、先ほどの王子に魅了され魔法が掛かっているのか反撃してこない。優は最初の配役ページを開いた。


「鈴之塚響」


優はパンフレットから目が離れなかった。会場のアナウンスが何度か退場を告げた。見かねた母が優の手を引き会場から出ていく。ロビーの出入り口には観客でごった返していた。人の流れに沿いゆっくりと出口に向かっていると、離れた所からこちらを呼ぶ声が聞こえた。


「おじさん!おばさん!」

「あら翔太君!」

「今日はお忙しい中、足を運んで頂きありがとうございました。綾達もありがとうな」

「ふふふ。大人になったわね翔太君」

「素晴らしい演劇だったよ。三年間お疲れ様」

「ねぇ翔兄、王子様役の人ってまだ一年生なの?とっても素敵だった」

「あっ鈴之塚だろう。期待の新人だよ。今見送りに来てるからよかったら本人にも言ってやってよ」

「ウソ見送りしてくれてるの!?パパママ行こう!」

「ボクも!ボクも行きたい」

「アンタはここで待ってなさいよ。動くと邪魔だから」

「嫌だ!ボクも見たい」

「みんなで行く方が鈴之塚も嬉しいと思うから。なっ?優も来いよ」


翔太は人でごった返す波を軽やかに掻き分けながら、更に混み合う出口へと向かった。

暖房で温められたロビーに加えこの人の多さ、優の大きな体の体温は上昇していく一方だった。それでも鈴之塚響を近くで見たいという思いの方が勝っていた。優は押し潰されながらも、頭一つ分出ている翔太を必死で追った。


「キャー!こっちこっち見て!」

「はい!押さないで下さーい」

「撮りますよー!チーズ!次の方どうぞ」


それは、まるでアイドルさながらの人気ぶりだった。翔太は優達を列に案内すると、すぐに鈴之塚響を呼んだ。翔太よりも背が高いが舞台で見るよりも華奢な体つきだった。二時間の舞台を終えたのに涼し気な顔をして優たちの前にやってきた。


「翔太先輩のご親戚の方ですか。今日は見に来てくださってありがとうございます」

「あらあら、お疲れの所わざわざお見送りなんてありがとう。とってもステキだったわ」

「ありがとうございます。翔太先輩にも色々アドバイスを頂いたんです」


鈴之塚響は綾と母、そして父と握手を交わしていた。自分も次に握手をしてもらおうと手を出したが、ぐっしょりと汗ばんでいることに気が付いた。慌ててズボンで拭いたが次から次へと汗が出てくる。暖房が強い館内。この人の多さに加え、興奮状態の優の体は汗を出し続けた。

その時、先日の静宮の顔が浮かんだ。また拒絶されはしないだろうか。優の火照る体が一瞬だけ冷たくなった。カラカラに乾いた喉。ゴクリと唾を呑み込んだ。前では綾が余所行きの声で鈴之塚と話している。視界が狭まる中でその姿が急に遠のいていった。



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