【真珠が似合うブタになりたくて④】
「へぇ優の従兄って椿ヶ丘高なんだ。すげぇな。あそこ頭いいんだろう?」
「そんなこともないよ。ボクの従兄そこまで頭良くないし」
「それはお前が主席だからだろう。はぁー忘れてたわ。普通から見たら充分頭いいんよ、あの学校は。しかも最近、校舎建て直したとかですげーキレイらしいぜ」
「へぇそうなんだ。演劇は別のホールでやるから学校には行ったことないんだよね」
「来栖君」
「しっ静宮さん」
それは掃除の時間だった。優はクラスメイトの北本と談笑しながら教室の掃き掃除をしていた。
三年に入り同じクラスになった静宮薫子が珍しく声をかけてきた。優は持ってきたホウキの柄を反射的に強く握った。中学三年間あまり女子と話さずに過ごしてきた優。けれど二年から同じクラスの静宮だけは、たまに話すことがあった。三年の前期クラス委員を一緒にやったことも理由だろう。静宮は立候補だったが、優はあみだくじでやることになった。女子が静宮でホッとしたのを今でも覚えている。
見た目は決して派手な方ではない。黒髪のまっすぐに伸びた髪を一つに束ねている。三年になり眼鏡をかけ始めたが、それがより一層知的に見せた。
「先生がね、掃除が終わったら進路相談のことで話しがあるから職員室に来いって言ってたよ」
「あっぁありがとう。行ってみるね」
「もしかして来栖君、進路相談の紙まだ提出してないんじゃない?」
「えっあっそうだった!!そうかも!持っていかなきゃ」
静宮は要件を済ませるとその場から離れていく。静宮が現れると、体が沸き上がるように熱くなり汗が吹き出す。握っていたホウキからも汗が流れた。これは病気かもしれないと真剣に考えネットで検索してみたらどうやら病気ではないらしい。
優はもう少しだけ静宮と話したかったなと思った。どんなはなしてもかまわなかった。
静宮が数歩歩くと、結んでいた黒い髪が左右に揺れた。すると、ポケットから花柄のハンカチが落ちたのである。静宮は気づかないまま歩いて行ってしまう。
「あっ静宮さん」
優は咄嗟にその綺麗なハンカチを拾いった。掃除をしていた為、ハンカチに埃がついている。それを軽く払い静宮に手渡した。
「やっ」
「えっ・・・?」
「あ、ごめんなさい。なんでもない。拾ってくれてありがとう」
静宮はそれを人差し指と親指でつまむように受け取り教室から出て行った。優はハンカチについた埃が気になったのだ思ったが、急に走り出した静宮の様子はなんだかおかしかった。
「どうしたんだろう」
「さぁ女子ってわかんねーよな」
「うん。ボクのお姉ちゃんも昔は優しかったのに今は別人だよ、鬼女の生まれ変わりかって思う時がある。それに比べたら静宮さんは優しいな」
「鬼女ってお前なー。ンでも確かに静宮は他の女子に比べたら優しいよ。胸もデカいし。だけどアイツ彼氏いるらしいぜ。高校生の。あぁ俺たちの春はまだまだ遠いぜ」
「静宮さん彼氏いたんだ」
「俺もよく知らねーけど。あ、ここ掃除しとくから先生の所行って来いよ」
「うん。ありがとう」
優は残りの掃除を北本にまかせ職員室に向かった。古びた校舎の窓から外を見るとイチョウの葉がすでに落ちていた。あと半年と少しでこの学校も卒業を向かえる。それまでに静宮と仲良くなり連絡先も交換したいと薄っすら考えていた。
担任の用事を済ませると教室に戻ろうとした優。北本のに残りの掃除全て任せてしまうのも申し訳ない。足早に向かっていると下駄箱に静宮がいた。何かあったのか肩を落とし目を潤ませている。隣には数名の女子も一緒にいた。何か話している様子だが優のところまでは聞こえてこない。泣いているのだろうか?するとそのうちの一人と目が合った。睨まれている。そう感じた優。女子たちは静宮を庇うようにし、木枯らしが吹き始めた寒空へ出て行った。
「優もう終わったのか?案外早かったな」
「うん」
「帰りにハンバーガーでも食べて行こうぜ。そんでさぁー今日の数学でわかんねーところあったから教えてくれね?俺奢るから」
「それくらいで奢らなくていいよ。ボクもちょうど復習したいところあったから行こう」
「授業料だって~よし!急ごうぜ」
優が教室に戻って来ると、支度を終えた北本が机の上に座っていた。英単語の勉強をしているようだった。ぶつぶつと英単語を唱えている。優は先ほどの静宮が気になりながらも北本からの誘いを受けた。教室から出る途中、ゴミ箱の中に静宮のハンカチが捨てられているのに気が付いた。
「どうした?」
「これ、静宮さんのだ。ボク渡してくる!!」
「静宮ならもう帰っ・・・てオイ!」
優は廊下をできる限り早く走った。全身の脂肪が上下左右に大きく揺れてとても走りにくい。体が非常に重い。走る度にどんどん重くなっていく。けれど優の頭に、先ほど目を赤くしていた静宮の顔が浮かんだ。もしかしたら、失くしたことを悲しんでいるたのかもしれない。けれど二度も落とすなんてあの几帳面な静宮からは考えにくい。もしかしたら、あの女子達にイジメられているのでは、ハンカチを捨てられてしまったのではないか。頭の中で沸いてくる不安が尽きなかった。一刻も早く彼女の所へ行かなけばと、重いが前に前にと進んでいく。
「ハァハァハァハァ・・・静宮さん!こ、これハァハァ」
校門付近で静宮を見つけた。信じられないくらいに息があがっている。こんなに走ったのは、去年死にそうになった校内マラソン以来だ。優に気付き、静宮は校門を出る手前で振り返った。
「・・・これね落ちてて。静宮さんのハァハァハァ・・・」
今日は今年一番の寒さだと言うのに汗がとまらない。額の汗を両腕で拭った。全身が火照っているせいで拭っても汗は出て来る。静宮のためだからこそ無理して全力で走った。優は清々しい気持ちですらあった。綾がテレビにかじりつくようにアイドルを見ている気持ちが今なら少しだけわかる気がした。
けれど、静宮は優からハンカチを受け取らない。息を整える為に膝に付いていた手。まだ苦しい中、優は石でも抱えているようにダルイ体を少しだけ上げた。
「いらない」
「・・・え?」
「私それ捨てたの。もういらない」
静宮は受け取らずに優に背を向けた。わけがわからない。捨てた?なんで?疑問を抱きながら、隣にいた女子を見た。その時、優はあの目で見られている事に気が付いた。綾と同じ目だ。自分を侮蔑する目。お前は同じ人間ではない、と線を引かれている。近づくなと言っている。
「アンタさっきそのハンカチで汗拭いたんでしょう?サイテー」
「そ、そんなこと・・・ボクしてない」
「アンタが触ったハンカチなんてキモくて一生使えないわよ。人気のブランドで薫子すっごい気に入ってたのに」
「アンタのせいよ!」
吐き捨てるように言うと、女子達は静宮の後を追った。
自分達は静宮の代弁者だと言わんばかりの吐き捨てようだった。まるでそれが正しいように。触った優に非があるかのように。優が握った小花柄の可愛いハンカチは手の汗を吸い取っている。
小さくなった静宮の隣に男子生徒が近づいていった。見慣れない制服だった。他校の生徒だろうか。その男が彼女に触れている気がした。あの男には許されて自分が許されないのはなんなのだろうと優は考えた。考えてもわからない。
可愛いと言われて育ってきた。可愛い自分は特別で、誰からも愛される存在のはず。