第一章 【真珠が似合うブタになりたくて①】
『可愛い』とは時として勝者となり
酷虐の火種になることを
ボクは子供の頃から知っていた。
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「温かな心地よい風に包まれ、春に咲く花に命が芽吹き始めました。日ごとに温かさを増し、春の訪れを感じる良き日に歴史と伝統のある当学園に入学できたことを嬉しく思います」
春うららかな日。校庭の桜も満開になり春を迎えていた。その桜の間から漏れたやわらかな日差しが体育館にも差し込んでくる。真新しい制服に袖を通した生徒が整列している。
「なぁなぁ、新入生代表の挨拶してる子カワイくね?何組かな」
「代表の挨拶って入学試験で一番成績が良かった人がやるんだろう」
「まさに才色兼備じゃねーか」
新入生の視線は壇上で挨拶をする女子生徒に注がれている。新入生代表を務めるのは来栖優。その凛とした可愛さに生徒や父兄は見惚れていた。壇上にいる彼女の真新しいえんじ色のブレザーは太陽の光に反射しその濃さを増していた。
「仲間と切磋琢磨し合い自分の目標に精進し三年間を過ごしていくことをここに誓います。新入生代表、来栖優」
優が生徒の方に振り返り一礼すると、静寂に包まれていた式典が和やかにざわついた。肩まで伸びたゆるいウエーブのかかった髪が左右に揺れる。優は注がれる視線を全身で感じながら着席した。
滞りなく式典は終わり、各自教室へ向かった。この椿ヶ丘高等学園は歴史ある学園ながら新しいことも取り入れ都内でも評判の学園だった。
「あの来栖さん」
「はい?」
「その、少しいいかな」
優も他の生徒と同じように教室へ向かっていると、見知らぬ男子生徒に声を掛けられた。手招きをされ列から抜けると、人通りの少ない廊下にそれた。男子生徒は顔を赤らめながら優を見た。その態度に優は何を言おうとしているのかを察した。
「あの、いきなりゴメンね。俺はB組の落合っていうんだけど。試験の時、隣だったの覚えてないかな」
「ごめんなさい」
優は首をかしげながら思い出す素振りを見せた。その反応に慌てながら更に顔を赤らめていた男子生徒。
「その、あの日からずっと君のことが気になっていて・・・良かったら俺と付き合って欲しい」
「ごめんなさい。私、あなたのこと良く知らないから」
「そっそうだよね。・・・そうだな。あのっ、まず友達からどうかな?連絡先を交換しよう」
優はそれが嘘だとわかっていた。試験の日、会ってなどいないのだ。優は男子生徒の要望に優は首を横に振った。その返事に男子生徒は肩をガクリと落とす。
男子生徒は勇気を振り絞ったのだから、このまま教室に戻るわけにはいかないと思った。思ったが次にくる言葉がみつからない。会話が途絶えしまった。騒がしかった廊下も次第に静かになっていく。そろそろ教室に行かなくてはHRに遅れてしまう。
「私もう教室行くね」
優はその場から離れた。嘘をついたから振ったのではない。嘘をついていなくても優の出す答えは同じものだっただろう。誰もいなくなった廊下を小走りに教室へ向かう優。その口元は緩んでいる。
「ふふふっ」
新しい学校、新しい制服、友達や先生、学園生活が始まる。優の心は軽やかに踊った。二年の校舎の方を見つめると、優は足取りを軽くしながら教室へ向かった。
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「では、明日からは通常授業なので皆さん準備して来てくださいね」
「「「「はーい」」」」
今日は授業はなく午前中で学校は終わった。新しい教科書を開きながら優は内容を目で追っていた。さすがに全教科全て持って帰るのは大変だと引き出しに仕舞い直した時だった。トントンと軽く背中を叩かれた。
「来栖さん代表の挨拶してたでしょう?すごいね」
「そんなことないよ。たまたま選ばれただけで」
「おまけに超カワイイしさっきもクラスの男の子来栖さんの話してたよ」
「そっそうかな」
「私、七海って言うのよろしくね。蔵元中出身なの。来栖さんは?」
「あっアタシは、家が光壷だから少し遠いの。だから同じ中学の子もいなくて友達できるかちょっと不安なんだ」
「確かに光壷だと結構遠いよね。通うの大変そう」
七海との会話が弾みだした頃だった。教室のドアが勢いよく開いた。
そこには一人の女子生徒が立っている。他のクラスの生徒だろうか。黒髪のボブスタイルに短い前髪は新入生らしく見える。入学初日に他クラスに乗り込んで来るのは中々勇気がいること。優を含むクラスメイトも呆気に取られていた。女子生徒はA組の教室をぐるりと見渡すと、優をみるなりその目つきが鋭くなった。
「来栖優っ!!」
ズカズカと教室に入ってくると、ドンッと音を立て優の机に両手をついた。思わずビクリと体を震わす優。隣に居た七海も驚いた様子で女子生徒を見ている。もう一度、優の顔をまじまじと覗き込んだ。あまりの威圧感に優は身を縮こませた。まさか尋ね人が自分だったとは。けれどこの学校に知り合いはいないはず。だとすれば今目の前にいる女の子はいったい誰なのだろうか。優は半分笑ったような顔を見せながら目の前に現れた女子生徒を見た。