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北川和樹その2

勇者だったらしい父親が40年前に持ち帰った竜のたまごらしいもの。いやどう見てもビーズクッションだけどね。

それを家族会議の末に姉が解体した。年末らしくない暖かくて穏やかな午後。両親が最近買った家の小さな庭で。


裁ち鋏でさっと切り開く。躊躇いゼロ。さすが姉。

さらさらと砂が溢れる。砂だと思ったのに、姉は雪みたいと呟いた。そして出てきた一片の紙切れ。姉が開くと中からさらに一枚のカードが落ちた。



ーージロまたはジロの大切な人へ


必要なとき、必要な人に相応しいものを

助けてくれたジロへのお礼がわりに


ーーリュドミラ


追伸

中身が失われないようにたまごに入れたけど

世界を超えてものを送るのは初めてだから

何か変なものがでてきたらごめんね



えーっと。本文より追伸のが長いし、追伸って概念が竜にあることも驚きだし、そもそも日本語だし。竜ってペンを握れるの?いや、ファンタジーだと人型になれたりもするのか。

背後で同じ疑問を持ったらしい母さんが親父に色々聞いている。おっと、母さんのなかで竜は日本昔話みたいな蛇的なものをイメージしてたようだ。綺麗な人だったの?って、確かに気になるよね、そこ。ジロは父の名か。次郎だから。


というより。

本当だったんだな勇者殿。

俺はこの一連の出来事が壮大なドッキリである、とはもう思わなかった。


落ちたカードのようなものには招待券(2名様)と書かれている。まさかの異世界への切符なのか。


両親を見る。ぶんぶんと首を振った。姉を見る。こてんと首を傾げた。でも俺にはわかる。これは行く気満々だ。やばい、この人は決めたらやる。


とりあえず今日は解散で。一度家に帰りたいし連絡したい人もいる。また明日の昼に集合することにして実家を後にし、そのまますぐにスマホを開いて姉の元夫に連絡した。



姉は5年前に離婚した。夫婦仲は良好だったものの結婚して10数年、40を手前にして子供を授かれなかったことが決断の理由だ。姉は特別子供を望んでいた風ではなかったし、それは義兄も同じで。ずっと一緒にいたいから結婚することにした、と似た顔で笑う2人が眩しかった。自分もいつかそんな人に出会えたら。心の片隅で少しだけそう思った。憧れ、というものがあるとすれば。それは出会うべき人に出会えた2人のことで。


ただ、義兄の両親からの後継を求める声に姉の心が限界を迎えた。


君と一緒にいたいから結婚したんだ、子供が欲しかったわけじゃない、と言う義兄に姉はごめんなさいと謝るだけだったという。

最終的に姉の心を守るために離婚に応じる形となったが、最後まで離婚以外の道を探し続けて憔悴しきった義兄に、自分達家族は頭を下げることしかできなかった。

お姉ちゃん、太陽がないと生きられないのに。そう呟いて泣いていた母さんを知っている。


姉は少し痩せて、年相応にそっと微笑むようになった。もう子供みたいに目をキラキラさせることも大口を開けてゲラゲラ笑うこともない。

そして最近になって仕事も辞めて、突然北国に引っ越した。


義兄が別れまいと必死になった気持ちが、自分も結婚した今ならわかる。一緒に生きていきたいと思える相手に出会えることはそうそうないし、それが一時の気の迷いでないことがわかったのなら執着するのももっともだ。

妻と出会って愛を知った、なんて大げさなことを言うつもりはないが、自分がかけがえのないものを手に入れたことは理解している。

大切な存在を失いたくない我欲と、姉の心。天秤にかけて姉を優先した義兄は、どれほど姉を愛してくれていたのだろう。別れて5年経つが、そのことが明らかな以上暴走した姉の手綱を握れるのはこの人しかいない。


まだ彼が義兄だった頃に、念のためにと交換した連絡先にメッセージを送る。繋がらなかったらそれまでだ。もしかしたら再婚してるかもしれない。そもそも自分のことなど覚えていない可能性もある。それでも。


ーー姉のために力を貸してください


ただでさえ平日の昼間、しかも年末。そして自分の知る限り、彼の仕事は年末年始が一番忙しかったはずだ。だか返信はすぐに来た。


ーーもちろん。なんでもする。


あぁ、姉ちゃんは馬鹿だよ。


すぐに来た電話。久しぶりの声は記憶より少し乾いていた。


とりあえず実家に呼んで、諸々の話は姉からしてもらおう。困った家族でほんとすいません。

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