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北川希

仕事を辞めてひと月。新しい土地で人生をリスタートさせるつもりでこんなところまでやってきた。厳しい寒さだが積雪が少なく冬でも晴れが多い土地。目につく看板にオホーツクの文字を見かけ、そのロシア語のような響きに今更のように驚く。あぁ、ここまで来たんだ。

空港に降り立つとキンと冷えた空気。心なしか今までの疲れと淀みがはらわれた気がした。陽光を受けて輝く白い雪とどこまでも澄んだ青い空。踏みしめる雪はこれまでの人生では知らなかった柔らかさで。ギュッギュッとブーツを鳴らすつもりだったのに、パウダースノウは軽く舞い上がるのみ。その下は凍っているのか、早速滑って転んだ。


ブラックな職場、といえばありきたりだが。自分をすり減らす毎日がある日突然嫌になった。辞めることを決めてしかし、そこからが長かった。しつこい引き留めと辞表を受け取らない嫌がらせ。延々と続く上司の愚痴に、残される仲間からの縋るような眼差し。最終的に法に訴えてようやく退職が認められた。


お母さん、着いたよ。これから私、ここで暮らしてみようと思うんだ。


母は雪国育ちだ。日本海側の豪雪地帯。日照時間が短い地域で、そのせいか年を取っても母の肌は抜けるように白く、それが子供のころから羨ましかった。

自分は太陽がないと駄目だ。冬はからりと晴れる関東で育ったせいか、一時期冬に曇天の続く地域で暮らしたが心を病みそうになった。母はお父さんと一緒ねと笑っていた。太陽と友達だから2人とも真っ黒なんでしょって。


その父が。

電話口でなんてことのないように母が話す。

お父さんね、時々自分がわからなくなってしまうようなの。


だからね、たまごのぬいぐるみを私にちょうだい。


父は仕事で船に乗っていた。小さい頃の思い出は正直あまりない。お土産で買ってきてくれたたまごがあったでしょ?と言われて、あれまだ捨ててなかったの?と逆に聞き返した。

それがなぜ今必要なのかはわからない。でも静かな母の声が怖かった。


お母さん。たまごはあげるよ。それから、引越しが片付いたらすぐにそっちに行くから。大丈夫だよ、新しい仕事は年明けからなんだ。


ごめん今まで自分のことばかりだった。

まだ間に合うよね、まだ大丈夫なはず。すぐに行くよ。行って何をしたらいいのかは正直わからないけど。でも会いたい。たまごに頼ってるようじゃ、娘失格だ。

待ってて、娘が友達の太陽連れていくから。


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