もしも
書斎。停滞する空気。
放り出された鉛筆と思い立ったように窓の外を向いたままの椅子。
机に向き合うように腰を掛けると金具がひしめく。
初めて見る光景だった。
扉に立つ私はどんな顔をしていたんだろう。
足元で何かが落ちる音がした。
スカートに留め具が引っかかって小さな鍵が床に転げる。
引き出しの一番上だけ鍵穴がある。
「君はもう帰ってこないから」
心のどこかで
いや、
心はそれで満たされてたから背徳感もなく
引き出しを開く。
無題のノート
筒状に巻かれた紙が入ってる小さな小瓶
それと初めて会った日の写真。
君は撮られるのが嫌いだったけな。
だから君との思い出を形に残したものは少ない。
これはその数少ない思い出。
ノートを開くと前書きがあって、
どうやら小瓶の中身は一番最後に読むべきなんだとか
これは誰に向けて書いたんであるんだろう。
君?私?誰でもない?
また私の知らない君を見つける。
君のことだからここから先は笑えない話ばかりだろうから
今日は、、、今日だけは、あの日の思い出に浸かる。
待ち合わせ場所に君は柱に寄りかかるようにしゃがみ込んで、
何か夢中になって書き起こしていた。
声をかけるとしばらくして、怖いものでも見たかのように私を見つめた。
瞳はその人の心を写すらしいけれど、君のその目の奥は何か薄い靄が掛かっていたような気がした。
「寂しかった?」
そう聞くと君はゆっくり首を振った。
思わず笑みが溢れた。
目的もなく暫く歩いているとすっかり街は暗くなっていたものだから
その日はそれで終わった気がする。
大事なことを話していたのに、忘れてる。
どうして私はいつも忘れたくないことを忘れてしまうのか。
大切だってわかっていてもどんどん記憶が欠けていって、
気づけばもう忘れている。
でも、これだけは覚えている。
君も私と同じで悲しい人だったこと。
「ねぇ」
もしもあの日、私たちが少しだけ上手に話せていたら
今より幸せだったのかな。
君はこんなふうにならなかったのかな。
思い出を閉じるかのように夕暮れが終わりを告げる
もう少しだけ
もう少しだけでいいから




