拝啓、夏を待つ君へ
拝啓、夏を待つ君へ
窓を打つ寂しげな雨音を聞きながら「今年の夏は暑いのかな」
君は枕に顔をうずめて呟く。
私は背を向け適当に頷いて、記憶にも残らないスマホの画面をじっと見つめていた。
何か思い立ったかのようにむくりと立ち上がり、
君はマイクの前に座り深呼吸をした。
この瞬間が好きだった。何回も聞いた曲、街で流れている曲。
伴奏もなしに唐突に歌う、今日は知らない曲だった。
それでも君の歌は好きだった。
歌いきった後に電源をつけていないことに気づく。
それくらい衝動的だったんだろうね、私は背を向けたまま笑みが溢れる。
この瞬間がずっと…
「いつかは終わる」
無意識に口から出た言葉に君は戸惑う。
初めて私の知らない君が居た気がした。
花見の約束をしていた。
人混みが嫌いだからと書斎に引きこもっていた君も、
やっと重い腰を持ち上げてくれたようで気分が高揚していた。
でも、君は待ち合わせの日に来なかった。
覚えている。
夜桜というのは初めて見た上に、柳のような花火に心が揺れていた気がする。
泣いていた、怒っていた、不安だった。
だけど何も表に出せなかった。
私はきっと君にもこうして何も見せてなかったんだろうか。
玄関のポストに手紙が一通、
私には文通をするような仲の人間はいないものだから
恐らく君のする謝罪の意でも示したものなのかしらと思って、
その日は読まずにベットに倒れ込んで寝てしまった。
あぁ、あの日すぐに読んでいたら君をもっと早く見つけられたんだろうね。
君の出した最後のSOSを私は無視してしまった。
_____________。
長いこと留守にします。
本当はちゃんと伝えるべきだったこと
言えずに去ることをお許しください。
自分のやりたいこと、行って見たい景色、夢で見たあの風景をもう一度感じたくて。
_____________。
弛んだ紙に文字の擦れた痕、書き直した筆跡。それから敢えて千切ったような形。
私は君の背を追いかけることにした。
君がどんな結末を迎えたかなんて知っている、でも、それでも君の世界を見たい。
何かに縋るようにでしか生きていけないから君の遺した世界を見る。
春の匂いはもう終わる。
君の待つ夏を見る。




