なんか始まった
ーようこそ、Rise And Fallへ。キャラメイクを始めますー
ー性別を選択してください。ー
ースキャンしたあなたの身体をもとに、仮のアバターを作成しました。ー
ー現実の身体との齟齬が大きいと、ゲーム内でのアバターの操作に異常をきたす場合があります。ー
ーガイドラインの示す範囲内でアバターを調節してください。ー
・・・・・・
ー最後に名前を入力してください。ー
ーこれでキャラメイクは終わりです。それではRise And Fallの世界を存分にお楽しみくださいー
学校のチャイムが授業の終わりを告げる。素早く教科書類を通学用カバンに押し込むがまだ帰れない。すぐにでもドアを開け、教室を飛び出したい気持ちをなんとか抑える。
腕時計を確認する。針は午後五時を指示していた。あと一時間しかない。学校から帰るのに四十分ほどかかる。何とか間に合うか?
先生が何か明日のことについて連絡事項があるようだが、全く頭に入ってこない。今俺の思考はすべてあれのことでいっぱいだった。とにかく早く帰りたい。
「これで連絡は終わりだ。号令かけて」
「起立、気を付け、礼」
流れるように一連の動作を終え、体を起こしながら足早にドアへ向かう。俺の席は教卓から見て斜め後ろ、最もドアから近い席だ。
教室から放たれた俺は靴箱を目指し、廊下を疾走する。二十メートルほどの距離も今はうっとうしく感じてしまう。
上靴を脱ぎ、靴箱へ入れると同時に靴をつかむ。雑に放り込まれた上靴を整える余裕なんて持ち合わせてはいない。
素早く履き替えて向かうのは駐輪場。駐輪場までは少し距離がある。100、200メートルだろうか。もちろん全力で走る。背中のカバンが走るたびに体を打つ。教科書の重量が加わって重い一撃となるが、そんなのにかまっている暇はない。ひたすらに駐輪場を目指す。
誰もいない駐輪場に並べられた無数の自転車の中から、自分のものを探し出す。少し手間取ったものの許容範囲内。今の時刻午後5時10分。少し怪しくなってきた。
通学かばんを自転車の前かごに投げ入れ、サドルにまたがる。足に力をこめ、我が家を目指しペダルをこぎだす。
家に着いた。気づくと家にいた。家までの道中は覚えていない。それだけ一心不乱にペダルをこいだということか。
そんなことはどうでもよくて。ブレザーのポケットに突っ込んでおいた家の鍵を取り出し、鍵穴に差し込み、回す。ガチャリと音が鳴ると、ドアを引き中へ。玄関の鍵を閉めると2階の自分の部屋へ階段を駆け上がる。ドンドンドンとなかなか大きい音が鳴る。階段を上ってすぐの俺の部屋のドアノブを回し、一目散にVRデバイスをつかみ、頭にかぶせる。
頭をすっぽり覆う黒い無骨なフォルムは俺のゲーマー心を刺激する。不格好だという声も聞くが、俺はこのデザインが結構好きだ。
こめかみあたりのボタンを押すとブオンという起動音が鳴る。俺の視界は一瞬白に包み込まれると、次の瞬間青い空が広がる一面の草原に出た。ここは俺が設定しているホームワールドだ。
空をたたくとホームウィンドウが表示される。現在の時刻は午後5時59分。サービス開始まで残り1分を切ったところだった。心がカウントダウンを始める。
59、58、57、56......
その時間は10分にも、1時間にも無限の時のようにも感じた。アインシュタインの相対性理論をちゃんと理解しているわけではないが、時間の流れがとてもゆっくりに感じられる。いつもと同じ時間を刻んでいるはずなのにやけにゆっくりと時が流れているようだった。
カウントダウンが10秒を切る。
9、8、7、6,5...
無限にも感じられた時間がようやく終わる。終わると同時に新たな世界が始まる。
4、3、2......
さあ、行こうか。ここではない、未知の世界へ。
Rise And Fallサービス開始のログが表示されるとともに俺はゲームへログインした。
世界が反転し、真っ白な席に転移した。目の前に表示されたLoadingという文字の横でくるくる踊るサークルが動きを止めたと同時に、白い光が俺を包み込んだ。