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凪の海  作者: 雪宮鉄馬
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【五】

【五】


「スリガオ海峡に向け、進路合わせ。山城、両舷前進微速っ。出航!」

 篠田勝清艦長の声を合図に、山城の船体が僅かに軋み、ゆっくりと前進し始める。小野寺は腕時計を見た。時計は午後三時を示していた。予定刻限の出航。

 ブルネイを出発した、西村率いる第三部隊は、戦艦「山城」「扶桑」に続き、重巡洋艦「最上」、駆逐艦「山雲」「満潮」「朝雲」「時雨」の七艦である。数に少ない西村艦隊は、スリガオ海峡にて志摩清英中将率いる「南西方面艦隊・第二遊撃部隊」こと通称、志摩艦隊の十艦と合流する予定であった。

「レイテまで八百十五海里……、二十ノットしか出せない本艦にとって、この旅程は長い。敵はすでに、スリガオに潜水艦を配備しているだろう。常に警戒を厳にせよ」

 篠田艦長の隣に立ち、穏やかなブルネイの湾を見渡す西村が言った。塔の様に聳え立つ山城の艦橋からみる海は、見晴らしも眺めも素晴らしかった。ここが、戦地でなければ、誰もが美しい南洋の海の午後を満喫したいだろう。

「はっ。各員、警戒を厳にせよっ!」

 篠田の地鳴りのような声が艦橋に響く。この人もまた、欠陥戦艦の片割れである山城を与えられ、どのような心境なのだろう。小野寺はチラリと篠田の横顔を見た。厳しい目つきで、その向うに臨むレイテを睨む篠田の顔に、余計な思慮は持ち合わせていないと書いてあるようだった。

「西村司令、海軍本部からは出来る限り戦力を温存して、レイテへ入るようとの命が降りています」

 と、篠田が言う。

「うむ。適宜、航路は変更しながら進むべきだな。敵潜の目をどこまで欺けるかは分からんが、志摩艦隊と合流するまでは、こちらは寡兵だからな」

「わかりました。航海長に、スリガオの航路を分析させます。航海長っ!!」

 篠田に呼ばれた航海長はすぐさま、テーブルに近海海域の地図を拡げた。小野寺たち将官士官は、一堂テーブルに集まる。細かく記された航路図。ブルネイからスリガオへ、そしてレイテ湾への進路。その上に航海長は定規を当てる。

「予測されうる、敵の位置は、昨日の軍議にて示されたとおりです。この中から、我々を待ち受けるのにもっとも相応しいと思われる場所は……」

 そう言って、地図の上にペンを走らせる。

「こことここ、それからここになります。漠然とした地域のみですが、これらの海域を迂回して行くべきです」

「だが、それでは三日後の二十五日、栗田艦隊と合流するのに遅れはしないか?」

 篠田は腕を組んで眉をひそめる。

「突出も遅延も、作戦の成否に関わる問題だ」

 ブルネイで行われた栗田艦隊との軍議では、二十ニ日に出航した両艦隊は、三日後の二十五日にレイテへ同時突入を果たすこととなっていた。もしも、突出・遅延は志摩艦隊との合流にも支障を来たし、同時に七隻の艦艇では敵軍との交戦は難しい。とくに鈍足の西村艦隊にとって、遅延は憂慮すべき事態であった。

「では、偵察機を出してはいかがでしょうか? 」

 と言ったのは小野寺であった。

「最上から偵察機を飛ばして、様子を伺いつつ進軍するのがよろしいかと思います」

「うむ、小野寺少佐の言うとおりだ。敵潜伏予想地域へ偵察機を飛ばす。最上に打電せよ」

 小野寺の進言を入れた西村は、直ちに最上へ偵察機を飛ばす旨を伝えた。最上のカタパルトから水偵が発進した頃には、ブルネイの島影はすでに見えなくなっていた。

 

 出航からしばらく、偵察と警戒、航路の微調整によって西村艦隊が敵軍の攻撃に晒されることはなかった。安定した航海が続く中、翌二十四日の夜、スリガオ海峡に向けて粛々と航路を進む山城の艦橋に、一通の電文がもたらされた。

「発、第一部隊栗田健男中将。宛、第三部隊西村祥治中将。我が艦隊、敵潜の攻撃に遭い被弾。六時三十二分、旗艦愛宕轟沈。同五十三分、重巡高雄大破。七時八分重巡麻耶轟沈」

 伝令の読み上げる電文に、艦橋の誰もがざわついた。連合艦隊主力に大打撃が与えられたのである。

「なんとっ、三艦も戦闘不能に!?」

 篠田艦長が青ざめた表情を浮かべ唸った。

「それで、栗田司令長官は無事なのか!?」

「は、栗田司令長官殿は愛宕から脱出され、大和に移りました。旗艦は、これより大和に委譲するということであります。なお、大破した高雄は水雷艇に護衛されるかたちで、ブルネイに後退するとのことです」

 伝令は敬礼のまま、主力艦隊の現状を伝えた。

 二十四日の一時、パラワン水道を航行中であった、栗田艦隊を発見したのはアメリカ軍の潜水艦「ダーダー」であった。ダーダーは、司令であるキンケイド中将にこれを報告すると同時に、旗艦愛宕に対して、攻撃を仕掛けた。発射された魚雷は六本。魚雷の白い航跡は、見事に愛宕を捕らえ、四本が命中した。また、ダーダーは次いで重巡洋艦高雄も攻撃した。両艦は尚も戦闘を継続したが、愛宕は夜を前に沈没した。更に、ダーダーの応援に駆けつけた、潜水艦デイスはすかさず重巡洋艦麻耶を攻撃した。すでに混乱状態にあったため、デイスの発射した魚雷は麻耶の船体を見事に貫いた。一方、愛宕に座乗していた栗田健男艦隊司令長官は、被雷した愛宕を降りて、予備旗艦に指定していた戦艦「大和」に移乗した。

「いかがなされます、西村司令?」

 篠田が尋ねると、西村はしばらく瞳を伏せた。

「栗田艦隊は、大和を旗艦にそのまま進軍を続けている。我々もそれに続くほかあるまい。躊躇していては、ことも進まん」

「は、分かりました。栗田艦隊へ打電。我が艦隊引き続き、レイテへ進軍する」

 篠田に命じられた伝令は、敬礼をすると足早に打電室へと走って行った。すでに、アメリカ軍は艦隊の進軍を知っている。小野寺は息を飲んだ。

 


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