番外編 大山寺のちょっと怖い話!?
ここは、とある田舎の山深くにある大山寺。
季節もすっかり夏に近づき、夜でも暑い日が続いていました。これは、そんなある日の夜の出来事です。
一松ら若い弟子たちは、夜の風呂に入った後、各々(おのおの)の部屋で就寝することにしました。明かりを消し、皆が揃って眠りにつく中、一松だけはなぜか眠れませんでした。
(ああ、何だろうな……今日も和尚さまが境内に参拝客がいる前でデカいオナラをして、その処理に追われて疲れている筈なのに、何でか眠れないな)
一松が布団の中でごろごろと寝転がっていると、外から微かに物音が聞こえてきました。何事かと思い、一松が窓を開けて外を見ても、誰もいる気配はありません。
「おかしいな、こんな時間に誰が……?」
一松は不審に思いながらも、万一のことがあってはいけないと思い、ひとり部屋を出ていくことにしました。音が聞こえてきたのは、宝物庫の辺りからです。一松がおそるおそる近づいてみると、宝物庫の扉が僅かに開いているのが見て取れました。
(まさか、泥棒か……?)
一松は咄嗟に辺りを見回し、足元に木の棒が落ちていることに気がつくと、それを手に取りました。そして、宝物庫の扉の前に近づき、木の棒を握りしめたまま勢いよく声を張り上げます。
「誰だ! そこにいるのは!?」
「ヒィ~~~ッ、わしじゃ! 助けてくれーっ!!」
「って、その声は……和尚さま?」
和尚さまが返事するより前に、宝物庫の明かりを点けました。一松が見ると、そこには大量のポテチやチョコレート等のお菓子が転がっているではありませんか。
「何やってんですか、こんなところで」
「何って……夜食じゃよ。腹が減ってしもうたからのう」
「かといって寺の宝物庫でこんなに食い荒らす奴があるか! まったく、和尚さまは油断も隙もないんですから」
一松がしゃがみこんで、和尚さまの前に転がっているお菓子の山を片付けようとした時、不意に足元に冷たい感触を覚えます。一松がそれを払い除けようとしてもなお、そのひんやりした感触は再び彼の足に触れてきました。
「もう、和尚さま! 変なことはやめて、さっさと寝ないとダメで──」
一松がそう言って振り返ると、そこには一匹の白いヘビがとぐろを巻いていたのでした。
「キャーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
一松は驚いて、思わずその場で飛び上がりました。
既に和尚さまの姿は無く、代わりにヘビが一松の姿をじっと見据えています。一松はすぐさま立ち上がると、白いヘビの身体を何とかかわして宝物庫の外に出ました。
「な、何なんだよ、あのヘビは……!?」
宝物庫から廊下へ出たところで後ろを振り返ってみると、白いヘビはにょろにょろ身体をくねらせながら一松へ迫ってきます。
「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
寺じゅうに一松の悲鳴が響きます。ところが、和尚さまをはじめ、寺の誰も駆けつけてくる人はいません。誰も来ない恐怖に怯えているうちに、一松は本堂へと逃げてきました。
「とりあえず、どこか……そうだ。ご本尊様の後ろに隠れよう。バチ当たりだけど仕方ない、ご本尊様、どうかお許しください」
一松はそう言うと、本堂の一番奥に安置された本尊の仏像の後ろにある狭いスペースに隠れることにしました。そして、一松が姿を隠すと同時に、本堂へ白いヘビが入ってきたのです。
白いヘビは本堂の部屋一帯をにょろにょろ動き回りながらも、隠れている一松に気付く様子もなく、一通り見終わった後に部屋から姿を消していきました。
「助かった……一体何だったんだろう、あのヘビは」
一松が安堵した様子でスペースから出てくると、本尊の仏像から小さな物音が聞こえました。一松がそっと振り返ってみると、仏像がたちまち白く変色し、開かれたヘビの眼が彼を睨み付けていました。
「うわあああああああああああああああああああああーーーーーーっ!!!!」
+++++
翌朝、一松は本堂で目を覚ましました。眼前には和尚さまと、不安そうな目で一松を見る弟子たちの姿がありました。
「あ、あれ? 和尚さま?」
「何しておるのじゃ、一松。部屋に居らんから、皆で探してみれば。本堂で寝てはダメじゃろう」
「え、ここ、本堂……?」
一松の脳裏に、昨夜の記憶がぼんやりと思い返されます。そして、ようやく昨夜の出来事を思い出した一松は、腰を抜かしながら本尊の仏像を指し示します。
「お、和尚さま。ご、ご本尊様は……? 特に何もありませんよね!?」
「ん? ご本尊様がどうかしたのか?」
和尚さまが一松に促され本尊の仏像を眺めますが、特に変わった様子はありません。しばらく仏像を眺めた後、和尚さまは後ろで座り込んだままの一松に顔を向けました。
「特に何もないぞ。ほれ、分かったらさっさと朝飯を食べて、着替えて来んか」
そんな和尚さまの背後で、一松は本尊の仏像の瞳がヘビのそれになっていることにすぐ気がつきました。何とか和尚さまに伝えようとしますが、どういうわけかうまく口に出来ません。
「何じゃ、どうした一松。ちょっとは落ち着かんか」
「いえ、その、あの。和尚さま……」
「どうしたと言うんじゃ、一松」
「ですから、その、へ。へ、び……」
「ええいさっさと言わんか、一松!」
和尚さまが思わず声を張り上げた次の瞬間。
プゥゥ~~~~~~~~~~~ッ……
和尚さまのオナラが本尊の仏像に直撃し、仏像に乗り移っていた白いヘビは苦悶の表情を浮かべました。やがてヘビは仏像から離れ、白い身体をにょろにょろ捩らせながら今度こそ本堂を後にしたのです。
「和尚さま、グッジョブ!!」
一松は心からの言葉を、和尚さまに伝えました。和尚さまや周りの弟子たちは、少し不思議に思いながらも、やがていつもの日常へと戻っていったのでした。
そして、大山寺の和尚さまと坊主さまたちの修行の生活は、まだまだ続くのです。めでたし、めでたし……
「だ、誰じゃ!? 宝物庫に隠していたわしのおやつを、勝手に食べたのはーーーーーー!!!?」