第二話 大山寺一日体験!
ここは、とある田舎の山深くにある大山寺。
この日は皆で朝早くから、境内の掃除をしていましたが、ただ一人和尚さまだけは寺務所のテレビの前で深い溜息を吐いておりました。その傍らで、一松もまた竹箒を手に呆れた様子で和尚さまを見つめます。
「ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」
「なにしょっぱな三十字も使って溜息吐いてるんですか。ほら、もういい加減元気出して、掃除に行きますよ……」
一松がテレビの前で陣取る和尚さまの肩に手を置いた、ちょうどその時です。
『続いては、昨日突然発表されました驚きのビッグカップル誕生のニュースです! いやあ驚きましたね、まさかあの──』
「○ッキィィィィィィィィィィィ!!!!!!」
一松の手を振り払い、和尚さまは芸能ニュースを流すテレビを両手で抱き込むと、生気の無い顔でブツブツ喋ります。
「嘘じゃ○ッキー、嘘じゃと言ってくれ……でないとわしは、もうこの先何をどうしていけば良いか、まるで分からんわい……」
和尚さまは昨日の夕方からずっとこんな調子です。一松たち弟子は何とか和尚さまを宥めようとしましたが、和尚さまの反応は変わりません。
そして、そんな和尚さまを見かねた一松は、少し声を張り上げて言いました。
「和尚さま、○ッキーは幸せな人生のスタートラインに立ったんです。喜ぶべきことですよ」
「なに、わしが○ッキーロスのスタートラインに立ったことが嬉しいとな。何と和尚不孝な弟子じゃ……」
「とりあえずぼくも言いたいことは山のようにありますが、それよりも今日は近所の目亀花寺のお坊様が、大山寺の修行体験にお越しになるんですよ。和尚さまがいつまでもそんな調子では困りますよ!」
「そうじゃ……そうじゃな、一松」
一松の説得に、和尚さまはテレビから手を離すと、神妙な面持ちで一松へと顔を向けました。
「じゃあ、わしは今日一日休むことにするわい」
「はいィィィィーーーー!!?」
「今日は○ッキーロスで寺の仕事も手につかんし、目亀花寺の方の対応ならお前一人でも十分じゃろう。そんなわけで後は頼んだぞ、一松」
言うが早いか、和尚さまは寺務所の部屋を飛び出して、寺の中にある和尚さま自身の部屋へと走っていきました。その場にぽつんと残された一松は、落ち着いた様子でテレビの電源を切ると、半ば呆れたような調子で呟きます。
「和尚さまは仮にも主人公なのに、果たしてこんな調子で良いんだろうか……?」
まあ、和尚さまがそう言うならきっと多分大丈夫じゃないでしょうか。
「それもそうか……って、『きっと多分』は余計だわナレーションッ!」
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その後、一松たちは境内で掃除を続け、掃除を切り上げようとした時です。
にょろにょろした弧を描く飛行機雲が突如空に現れ、一松たちは驚きながらも眺めておりました。
「一松さん、あの雲は一体なんでしょう……?」
「さあ……ぼくも何がどうなっているのか」
「それよりも一松さん、あの雲、何だかこっちに近づいてきてません……?」
弟子の一人が発した言葉に、一松はよく目を凝らしてみます。すると、飛行機雲の先に何かの物体があり、間違いなく大山寺目掛けて近づいていたのです。
「本当だ、何でか分かんないけど寺に向かって来てる! 皆、と、とりあえず本堂へ避難だ!」
一松たちは、大急ぎで本堂へと避難します。弟子たち皆が本堂に入ると同時に、飛行機雲にいた何かは、大量の轟音と土煙を巻き起こしながら寺の境内に着地しました。
「ヤット、ツイタ。ココガ、大山寺」
土煙が落ち着いたタイミングを見計らい、一松は外の様子を伺います。見ると、土煙の中心にいた『何か』は、背中に抱えたジェットパックを体内へ収納しながら、黒い法衣を纏っておりました。
そして、何かは自分を見つめる一松に気がつくと、両目を黄色く光らせ、本堂にいる一松たちの元へゆっくりと歩み寄ります。少しずつくっきりしてくる特徴的な輪郭やフォルムを前に、一松は思わず声を裏返しつつ叫びます。
「ロ、ロ、ロ……ロボットだぁぁぁぁぁぁ!!!?」
「視覚センサー感知、大山寺ノ皆様ト確認……ゴ挨拶ガ遅レマシタ、オハヨウゴザイマス。ワタシハ目亀花寺カラ参リマシタ、露暮念ト申シマス。本日ハヨロシクオ願イシマス」
「えっ? えっ、えぇーーーーーっ!!? 今日の修行体験で来るのは、ロボットだったのか!?」
一松が驚くのをよそに、ロボット──露暮念は両目を光らせたまま、辺りをキョロキョロ見回します。
「和尚サマハ、ドチラニイラッシャイマスカ?」
「お、和尚さまは今日一日休みを取ってます……そういえばあの和尚、どんな人が修行に来るかとか、結局一言も言わずじまいだったな」
「失礼デスガ、オ名前ハ?」
「ぼくの名前……ぼくは、一松です。こちらこそ、よ、よろしくお願いします」
露暮念は、両目を黄色や赤色、青色に幾度も点滅させたかと思うと、右手を差し出してきました。
一松もまた、おそるおそる右手を差し出すと、露暮念と握手を交わします。金属でできた露暮念の右手は、固く少しひんやりとしました。
(何だ、ロボットだからちょっとビックリしたけど、良い人そうだな)
一松が頭の中でそう思っていると、露暮念は少し低い声で尋ねました。
「一松、オマエ、ウ○コ好キカ?」
「ああ、ウ○コですか……ウ○…………んんっ?」
一松な怪訝な顔をするのも構わず、露暮念は再び同じ質問を重ねます。
「一松、オマエ、ウ○コ好キカ?」
「別に好きじゃねえわっ!! えぇっ!? ちょっと、いきなり初対面で何てこと聞くんだこのロボット! 良い人そうだと思ったけど今ので軽く帳消しだわ!!」
「残念ダ、一松……オマエハ、我々ノ同志ニハ、ナレナイ」
「そんな同志になっても嬉しくねーよ!! あとなんで急にタメ口きいてんの!? さりげなく『一松オマエ』はイラッと来るんだけど!!」
「気ニスルナ、一松。オマエ、ソウイウコトバカリ言ッテルト、ハゲルゾ」
「お坊様だからハゲてて当然なんですが!? ええい、もうこれ以上の問答はいいや、早速一日体験始めるぞ! まずは散らかした境内の片付けだ!」
そう言うと、一松は露暮念の手と竹箒とを掴み、再び境内の掃除に取りかかるのでした。
+++++
それからおよそ一時間後、一松と露暮念は本堂の裏手にある持仏堂に入っておりました。互いに正座をしながら、露暮念は一松の講義を聴いています。
「この大山寺の歴史は、遡ること平安時代。天延年間、円融天皇がご在位した頃に大山寺は出来たと伝わっている。最初は寺とは言っても──」
一松は、寺のパンフレットを手元に用意しながら、順を追って寺の成り立ちを露暮念に話して聴かせました。そして、一通り話し終わったところで、一松はふう、と溜息を吐きました。
「どうだ、なかなか大山寺は凄いところだろう。この寺に修行に来たからには、一日だけといえども気を抜くことは出来ないからな。何か質問とかあるか、露暮念?」
一松の問いかけに、露暮念は正面を見据えたままピクリとも動きません。
「露暮念? おい、どうした、露暮念?」
「ピーガガガガ。シャットダウン解除、再起動シマス……リロード完了、通話可能モードヘ移行シマス。ドウシタ一松、モウ飯ノ時間カ?」
「お前絶対さっきの話聴いてなかったよね!!!?」
一松のツッコミに、露暮念は両目を光らせて応えます。
「大山寺ノ由来ナラ、チャントプログラムサレテイル、安心シロ」
「そ、そうなのか? なら良いんだが……」
「ソウ、ソレハ、人類ガ滅ンデロボットノ時代ニナッテカラノコト……」
「全ッ然違うわ!! やっぱ話聴いてなかっただろ!!」
「シマッタ、今ノハ我々ノ故郷デ進メラレテイル、地球征服計画ノ一端ダッタ。ナノデ忘レテクレ、一松」
「いやいやいや、さらっとヤバイ情報言っといて『忘れろ』は無理あるわ! それより次は座禅だ、本堂へ行くぞ!!」
こうして、一松と露暮念は本堂へと向かいました。一松が露暮念に先行する形で移動しながら、本堂での座禅について説明します。
「座禅は一時間だ。それが終わったら昼ご飯だから、頑張って励めよ」
「了解シタ」
そして、本堂の障子の前に着いた一松が障子を開けると、そこには白いワンピース水着を着た和尚さまが、生気の無い顔で奇妙なダンスを踊り続け──
ピシャンッ!
一松が障子を勢いよく閉めると共に、後ろに立っていた露暮念が尋ねます。
「ドウシタ一松、本堂ニ入ラナイノカ」
「いや気にするな、大山寺の妖精だ。あまり関わり合いにならない方がいい。座禅は持仏堂で引き続きやるから、戻るぞ」
こうして二人は、持仏堂で座禅を行うことにしました。共に静かに座禅を組む中、一松は露暮念の姿を前にふと思いました。
(そういえばこいつ、さっきの話のときいったん電源を切ってるみたいなこと言ってたよな……てことはこの座禅もそれで乗り切っているのか? ……いや何も考えるな、集中、集中!)
静寂に包まれる中で精神鍛錬に努める一松の隣で、座禅を組んでいる露暮念が小声で言いました。
「問題ナイゾ一松、露暮念ハ最低限ノ機能ハ残シタ上デ、座禅ヲ行ッテイル。何モ考エナイデ、集中シロ一松」
「なに人の考えを読み取ってんだこのロボットは!?」
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そして一時間後、二人は昼食を食べるため、寺務所に入りました。そこには、他の弟子たちが用意してくれた精進料理の数々が朱色の皿に盛り付けられており、同じく朱塗りの折敷にバランスよく納められていました。
「おお、見事な精進料理だな。いつもありがとう」
「いえいえ、今日は目亀花寺からお客様も来ていますので、腕によりをかけて作りましたよ」
一松は自分の席に座ると、両手を合わせていただきます、と一言声を張り上げます。箸を手に取り、木皿に乗ったこんにゃくとごぼうの盛り合わせに手をつけようとしましたが、未だに座る気配を見せない露暮念を前に、一松は呼びかけます。
「どうした、露暮念。せっかく皆が用意してくれたんだ、早く食べろ」
「……無イ」
「無いって、何が?」
「ココニハ、オイルガ……無イ」
「普通の寺にオイルはそうそう無いからな!? ていうか、いつもは何食べてたんだよお前!?」
「イツモハ、オイルデ燃料ヲ補充シテイタ……シカシ、燃料ガ無イトナレバ、露暮念ハタチマチエラーヲ起コシ……ガッ、ガガガガガガ!」
露暮念は不意に両目を赤く光らせたかと思うと、重低音を上げて苦しみ出しました。他の弟子たちがあたふたする中、一松は露暮念の元に駆け寄り、彼の肩を押さえます。
「どうした露暮念、しっかりしろ!」
「一松、ス、スマナイ。ト、トイレヲ……貸シテクレナイカ」
「ト、トイレ? よし分かった、今連れていってやる……」
一松は露暮念の肩を押さえながら、トイレへと連れていきました。露暮念がトイレに入り、ドアを閉めるのを見届けた一松は、ここであることに気付きました。
「ん? そういえばあいつ、ロボットなのに何でトイレに入る必要が……?」
すると、トイレの中から甲高い電子音が鳴り響き、一松は思わずトイレに向き直ります。
「露暮念!? 何だ、何があった!?」
「メンテナンスエラー、制御不能……コレヨリ、体内ノ廃液ヲ排出……カウントダウンニ入ル」
「カウントダウン? いったい、何のことだ?」
「識別コード・UNKO、準備OK。カウントダウン、スタート……スリー、ツー、ワン。ゲリ・GO!」
ドーーーーーーーン!!!
一松の目の前で、突如トイレが爆発しました。
その時一松は咄嗟に身を伏せたため、ケガはありませんでしたが、大山寺にある唯一のトイレは跡形もなくなりました。一松が呆気に取られながらトイレの中を覗き込むと、傷ひとつ無い露暮念の姿がありました。黙々と背中からジェットパックを展開しているロボットを前に、一松は力なく尋ねます。
「おい、露暮念……これは、一体」
「コレハ、露暮念ノ体内ニ貯マッタ廃液ヲ排出スルコトデ、機能停止ヲ防イダノダ。オマエタチノ言葉デ言イ換エレバ、ソウ、ウ○コダ」
「でもこんなに爆発するのは、いくらなんでもおかしくない? 寺のトイレが滅茶苦茶なんだけど」
「時々ヨクアルコトダ、気ニスルナ。ソレヨリモ、露暮念ノエネルギーガ残リ少ナクナッタカラ、露暮念ハ目亀花寺ニ帰還スル。世話ニナッタ、一松。サラバダ」
「おい、ちょっと待──」
一松が言い終わるより前に、露暮念は背中のジェットパックから白い煙を噴き出させ、轟音を鳴らしながら空高くへ飛んでいきました。空に描かれるにょろにょろした軌道を前に、一松は力強く叫びます。
「待て露暮念ーーーーーッ!!!! トイレを元に戻せーーーーーーーーッッ!!!!!」
こうして、露暮念の一日大山寺体験は慌ただしく終わったのでした。